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「キリンの子」


母、友人が目の前で自殺した。児童養護施設で虐待を受け、学校にも満足に通えず、ホームレスを経験した。過酷な世界を生きてきた女性は「生きづらさ」を独学で学んだ短歌に昇華させ、このほど初の短歌集『キリンの子 鳥居歌集』(KADOKAWA)を出版した。「短歌には孤独を癒やす力がある。苦しんでいる多くの人に私の歌で生きる勇気を与えることができれば」と話す。

 《揃(そろ)えられ主人の帰り待っている飛び降りたこと知らぬ革靴》

 短歌誌「塔」の平成24年10月号に発表された「攪乱(かくらん)」と題した女性の連作短歌が話題を呼んだ。歌人の吉川宏志さんは「彼女の体験を反映していると思われる歌である。淡々と歌われているが、それがかえって静かな恐怖感を読者に与える」と評した。

 女性のペンネームは「鳥居」。神の領域と人間の世界を分ける結界を意味する鳥居に、「現実と非現実の境界を超える力、人の心をひきつけ異なる世界を行き来できる力を、短歌に宿したい」との願いを込めた。

 2歳のときに両親が離婚。不器用ながらも愛情を注いで育ててくれた母は、小学5年生だった鳥居さんの目の前で自殺し、預けられた児童養護施設や学校などで虐待やいじめにあった。中学生のときには、唯一の友達が目の前で列車に飛び込み自殺した。友達を救えなかった罪悪感と無力さに自殺未遂を図った。

義務教育も満足に受けられず、施設で職員が読み終えた後の新聞を拾い、辞書を引きながら読んで字を覚えた。成人した今もセーラー服を着て活動するのは、義務教育もままならずに大人になった人がいることを表現するためであり、「今からでも勉強をやり直したいという思いからです」と明かす。

 《慰めに「勉強など」と人は言う その勉強がしたかったのです》

 あまりに過酷な人生。絶望のふちにあった鳥居さんに生きる希望を与えたのが、短歌との出会いだった。図書館で手にした穂村弘さんの歌集、ホームレス生活を経て移り住んだ大阪で見つけた吉川さんの歌集…。さまざまな情感や情景がうたわれた短歌に心奪われた。独学で習得した言葉を駆使し、孤独や生きづらさを五七五七七に昇華させた。

 「私は短歌に救われた」と鳥居さん。自分と同じような境遇に苦しむ人は少なくない。だからこそ、短歌を詠み続ける。(サンケイニュースより)

目を伏せて空へのびゆくキリンの子 月の光はかあさんのいろ

墓参り供えるものがないからとあなたが好きな黄色を着て行く

花柄の籐籠いっぱい詰められたカラフルな薬飲みほした母

あおぞらが、妙に乾いて、紫陽花が、あざやか なんで死んだの

揃えられ主人の帰り待っている飛び降りたこと知らぬ革靴

刃は肉を切るものだった肌色の足に刺さった刺身包丁

全裸にて踊れと囃す先輩に囲まれながら遠く窓見る

先生に蹴り飛ばされて伏す床にトイレスリッパ散らばっていく

心とはどこにあるかも知らぬまま名前をもらう「心的外傷」

音もなく涙を流す我がいて授業は進む 次は25ページ

祖母のこと語らぬ母が一人ずつ雛人形を飾る昼すぎ

路線図のいつか滅びる町の名へ漂白剤のように雪降る

もう誰も知らない母の少女期をみどりの蚊帳で包めり昭和

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