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三丁目の夕日⑰


「三丁目の夕日」から題材をとった昭和30年代の追想記の再開である。戦後10年を経て、新憲法の下、国家という軛〈くびき〉から解放され、〈個人として〉国民が生活に勤しみ始めた時代と言える。BGMには「私の青空」をお勧めしたい。歌詞の一部は〈夕暮れに仰ぎ見る輝く碧空 日が暮れてたどるは我が家の細道 狭いながらも楽しい我が家―略―恋しい家こそ私の青空〉である。エノケンでヒットしたが高田渡もお勧めである。冒頭【】は「夕日」の中のタイトルである。

【蚕】。今では桑畑をみる事は無くなった。昔、桑畑に入って桑の実を食べるのが日課でおやつがわりだったが。蚕を飼って絹を採るのは中国から三世紀ころには伝えられたと言われている。昭和36年、日本の生糸生産量はおよそ31万俵〈一俵は60キロ〉で世界の生産量の半分以上を日本が占めていた。明治以降、日本の近代化・富国強兵策を後押しした外貨獲得になったのは生糸の輸出であり、貧しい農家から紡績工場に働きに出た娘達の劣悪な労働環境は女工哀史とでもいうべき、山本茂美作「ああ、野麦峠」で見ることができます。同作品は話題となり、映画化や舞台化もされました。

 さてコミック内容の説明です。小学四年のミカちゃんは虫が苦手だった。だが理科クラブに入ってしまい、「蚕の飼育」を自分で体験する事となる。クワゴという野生の蛾を多くの絹が採れるように改良したカイコガをみんなで飼育するのです。卵から春先に孵(かえ)った幼虫は黒くて毛があり、「ケゴ」とよばれる。それを飼育するには最初柔らかい桑の葉から与えていく。桑の葉の下には新聞紙を敷いておき、糞や食べ残しの掃除も管理の一つである。孵化から眠りと脱皮を四回繰り返していくのにひと月。体が半透明になったら「熟蚕(じゅくさん)」といって繭をつくるサインである。成熟した蚕の幼虫は口から糸を吐き、二昼夜で繭をつくり、中でサナギとなる。繭(まゆ) の長さは千米くらいだそうである。その為に繭をお湯につけながら糸を巻き取って生糸としていくのである。

ミカちゃんの蛾はサナギから成虫の蛾になったが、改良蛾のため、空も飛べず食もせず、交尾して卵を産み付けたら死ぬ運命にあった。校庭に作ったお墓に弔ったミカちゃんは「次はきれいな蝶々に生まれ変わって大空をとんでね」と手をあわせるのだった、というお話でした。

 筆者が小学生の頃、近所の同級生シゲちゃんの家は「お蚕さん農家」でした。確か、家の二階部分で大量の蚕さんを飼育しているのを見せて貰ったことがありました。シゲちゃんは頭もよく、小柄ながら運動神経も抜群の少年でした。玄関よこには珍しい西洋グミの木が植えてあり時々食べさせて貰って美味を味わっていました。山に自生のグミと違って西洋グミは甘さも大きさもけた違いでした。がひょっとして、サクランボだったかも。記憶違いかもしれません。なにせ幼い時の体験で、味覚も未発達の頃ですので、ご寛容のほど。

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