防衛戦略のマヤカシ
防衛省がイージス・アショアの配備計画を中断したため、代わりに「敵基地攻撃能力」を保有すべきだ、との論が自民党内で高まっている。だが攻撃をするには相手の弾道ミサイルの精密な位置を知ることが肝心で、それは極めて困難なのだ。 衛星打ち上げに2度成功している「テポドン」(全長30メートル、92トン)なら、巨大な固定発射台のそばで2週間ほどかけて組み立て、液体燃料を注入して発射するから破壊は可能だが、弾道ミサイル、例えば「ムスダン」は全長12メートル余り、12トンないし19トンで、移動発射機に乗って山腹のトンネルに隠れ、燃料を入れたまま待機できるから、いざとなれば出てきてミサイルを立て、すぐに発射してくる。北朝鮮は北部の山岳地帯などに多数のトンネルを掘っており、だいたいの「地域」は分かっても、ダミーもあるはずで、移動するから詳しい地点は特定しにくい。
移動発射機に乗ったミサイルがトンネルから出てきたところを偵察衛星で発見できるように思う人は少なくない。だが、偵察衛星は高度数百キロで地球を南北方向に1周約90分、時速2万9000キロで周回し、世界各地の上空を1日約1回通過する。1地点を撮影できるのは、首振り機能を生かしても2分程度だ。カメラを積んだ光学衛星と、夜間や悪天候用のレーダー衛星は日・米合わせて計約20機、固定目標は撮影できるが、移動目標を常時監視するためのものではない。 「静止衛星ではどうか」という人もいる。静止衛星は高度約3万6000キロ(地球の直径の2・8倍)で赤道上空を周回し、その高度だと衛星の速度と地球の自転速度が釣り合って、地表からは静止したように見える。 通信の中継などに役立つが、この距離から地上のミサイルの撮影は不可能だ。発射の際に出る大量の赤外線を探知し、ミサイル防衛のための第一報は出せるが、発射した後だから「敵基地攻撃」には役立たない。
ジェットエンジンをつけた大型グライダーのような無人偵察機「グローバルホーク」や、有人偵察機「U2S」が常に北朝鮮上空を旋回していれば、弾道ミサイルがトンネルから出てきたのが分かるとしても、北朝鮮は旧ソ連製や、ロシアの技術を入れた対空ミサイルを保有し、それは高度3万メートルに達するから簡単に撃墜される。 湾岸戦争では、米軍はイラクの弾道ミサイル発射地域上空に1日平均64機を出動させたが、発射前に破壊できたのは、偶然発見した1例だったことが停戦後に判明した。イラクは停戦の2日前まで「スカッド」発射を続けた。 航空自衛隊は三沢の射爆場での訓練では、決まった地点のはっきり見える標的を叩くだけだから、隠された目標を発見して攻撃する困難を知らない。 もし戦時に米軍、韓国軍が発射準備中の北朝鮮弾道ミサイルを発見すれば、ただちに自分で攻撃するはずで、わざわざ自衛隊を呼んでやらせることは考えられない。敵基地攻撃論は、タカ派の平和ボケを示している。
軍事評論家 田岡俊二・日刊ゲンダイ24日より転載
橋ーー上論に全面賛意します