検事長問題・再
この期に及んで、この国の総理大臣はまたも国民に大嘘をついていた──。「賭けマージャン」問題で辞職した黒川弘務・前東京高検検事長の処分を「訓告」としたのは、事実上、安倍官邸だったと、きょう共同通信がスクープしたからだ。
安倍首相は一体、国民にどう説明していたか。22日におこなわれた衆院厚生労働委員会で、安倍首相はこう強弁していた。
「検事総長がですね、検事総長が、事実、事案の内容等、諸般の事情を考慮して処分をおこなったわけでございまして、検事総長が、このように処分をしていくということについて、この判断をしたということについて、森法務大臣もそれを了承したということについて、私に報告があったわけでございまして、その判断について、これはもうすでに、検事総長が判断をしていることでもございますから、私も諒としたということでございます」
稲田伸夫検事総長が「訓告」という処分をおこない、それを森雅子法相が了承、自分はその報告を受けてよしとしただけ──。ようするに、安倍首相は「自分はまったく関係ない」と主張を繰り返したのだ。
だが、これはまるっきり嘘だった。共同通信は複数の法務・検察関係者に取材した結果として、こう伝えている。
〈事実関係を調査し、首相官邸に報告した法務省は、国家公務員法に基づく懲戒が相当と判断していたが、官邸が懲戒にはしないと結論付け、法務省の内規に基づく「訓告」となった〉 つまり、実際には法務省側は「懲戒」と判断したのに、安倍官邸がそれを撥ね付けたために「訓告」という処分となった、というわけだ。
たしかに、法律上の規定もそれを裏付けている。というのも、検事長の任命権者は内閣であり、国家公務員法では任命権者が懲戒処分をすることと規定しているからだ。ようするに、訓告処分は検事総長の権限でできるが、その前に懲戒処分するかどうかは内閣でないと決められないのだ。今回も、まず、懲戒処分にしないという内閣の判断があり、そのあとに、検事総長の判断でできる訓告となったのは明らかだろう。
ところが、安倍首相は法務省が懲戒という判断をしていたのに官邸が撥ね付けたことを隠し、訓告処分の主体が検事総長であることから「訓告処分をおこなったのは稲田検事総長で、自分は無関係」と国会で答弁していたのだ。
形式論だけを語って問題の本質を覆い隠す──。安倍首相は「虚偽答弁にはあたらない」などと主張するのだろうが、これは国民を騙すための姑息な手口であり、完全に詐欺ではないか。
しかも、安倍首相が黒川問題でこうした詐術を使ったのは、これがはじめてではない。安倍首相は今月15日に安倍応援団の櫻井よしこ氏が主宰するインターネットテレビ「言論テレビ」の特別番組に出演した際、黒川氏の定年延長についても「検察庁も含めて法務省が『こういう考え方で行きたい』という人事案を持ってこられてですね、それを我々が承認をするということなんです」「基本的にですね、検察庁の人事については、検察のトップも含めた総意でですね、こういう人事で行くということを持ってこられて、それはそのままだいたい我々は承認をしているということなんですね」と主張した。
そして、これも同じ詐術だ。メディアや検察ウォッチャーが報じた検察の内部情報を検証しても事実はまったく逆で、法務省も検察庁も、昨年11月から12月にかけて「黒川氏は今年2月8日の誕生日前に辞職し、その後任に名古屋高検の林真琴検事長を横滑りさせその後、稲田氏の退職後に林検事長を検事総長に据える」という人事案で固まっていた。ところが、安倍官邸は「黒川氏は2月で定年退職、稲田検事総長の後任は林氏」というこの法務省の人事案を突き返し、「稲田検事総長を黒川氏の定年前に勇退させ、黒川氏を検事総長に据える」よう法務省に圧力をかけはじめたのだ。
責任を押し付けようとする官邸に法務省が反発し、「訓告」処分の裏が明るみに
実際、「文藝春秋」5月号に掲載されたノンフィクション作家・森功氏のレポートによると、昨年内に黒川氏の検事総長就任の人事発表を閣議でおこなうつもりだった安倍官邸は12月になっても辞める意思を示さない稲田氏に焦り、年末から年始にかけて、法務省の辻裕教事務次官に〈官邸側の“圧力”を伝える役割〉を担わせたという。だが、それでも稲田検事総長の意思は固かったために、「定年延長」という脱法・違法の手段をとらざるを得なくなったのだ。
つまり、脱法・違法の「定年延長」の閣議請議をおこなわなければならないところまで追い詰めたのは安倍官邸だというのに、安倍首相はそうした背景はすっ飛ばし最終的な形式の話を主張して、安倍官邸による人事介入という事実を「嘘」「フェイクニュース」のように印象付け、責任をすべて法務省に押し付けたのだ。
森友公文書改ざん問題でもすべての責任を財務省に押し付けて逃げきった安倍首相だが、まったくどこまで国民をバカにする気なのか……。だが、今回はそううまくいくとは思えない。
というのも、黒川氏をめぐる問題が世論の関心を呼び、大きくクローズアップされるなかで、法務・検察内では安倍官邸のやり方に反発が噴出しているというのだ。
「松尾邦弘・元検事総長ら検察OBが検察庁法改正に反対する意見書を法務省に提出したあたりから、捜査派の検察幹部だけでなく赤レンガ派の法務官僚からも『官邸の言いなりになっていていいのか』という声が飛び出すようになっています。黒川派だった法務省の辻事務次官は相変わらず官邸の意を受けて動いているが、省内では今回の失態で辻次官の評価が地に堕ちており、抑えがまったく効かなくなっている」(司法担当記者)
実際、今回の黒川氏の処分問題に官邸の圧力があったことを伝えた共同通信のスクープも、〈複数の法務・検察関係者〉の証言から判明したもの。これは法務・検察の反発の高まりを象徴するもので、安倍首相を守るために罪をすべてかぶった森友公文書改ざんのときの財務省とは異なる様相を呈しているのだ。
しかし、安倍官邸の姿勢はいまだに変わらない。安倍首相は黒川氏の訓告処分を、あたかも稲田検事総長の一存であるかのように主張したが、処分決定前から安倍官邸は稲田検事総長に監督責任を押し付けていた。これは、黒川氏の賭けマージャン問題を逆に利用して自分たちにとって“目の上のたんこぶ”である稲田検事総長を排除、河井克行・前法相の国会会期中の逮捕を必死に潰そうとしているためだ。
「第二次補正予算を潰すのか」の名目で河井前法相の逮捕許諾請求にストップをかける官邸
周知のように、広島地検はこの間、河井前法相を公選法違反の買収容疑で着々と捜査を進め、「逮捕許諾請求をして国会会期中に逮捕する方針を固めた」とも伝えられる。じつはこの広島地検が強気であることの背景にあると言われていたのが、検察トップの稲田検事総長の後押しだった。捜査を潰せなかった官邸は、なんとか国会会期中の逮捕という政権に大打撃を与える事態を回避するべく、稲田検事総長に揺さぶりをかけて裏取引で逮捕許諾請求はせず在宅起訴に持ち込もうと画策しているのだ。
しかも、検察関係者によると、安倍官邸は検察に国会会期中の逮捕を断念させるために、こんなことを言い出しているという。
「官邸サイドは検察に対して最近、『逮捕許諾請求をしたら、新型コロナ対策の第二次補正予算案の審議に影響を与えることになる』『逮捕許諾請求によってコロナ対応を潰したら世論は黙っていない』などと主張しているらしい」
「前法相逮捕で新型コロナ対策のための第二次補正予算案の審議を潰す気か」って、第二次補正予算案の編成なんて第一次補正予算案が可決されてすぐに着手できたにもかかわらず、相変わらずスピード感のない安倍政権がグダグダしているために進んでいないだけ。にもかかわらず、新型コロナ対応を盾にして逮捕許諾請求の動きに横槍を入れるとは……。
法務・検察に圧力をかけて人事にも処分にも介入しながら、平気で国民を騙す安倍首相。そして、保身のためには新型コロナの問題まで持ち出す、この卑劣さ。これ以上、安倍首相の嘘を見過ごすわけにはいかない。
ーーリテラ25日より転載