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みよちゃん⑧ーー実存ヒプノ十二


「では、今生でなく來生を見るとしましょう。現生での奥様と一緒の未来です。浮かんできましたよ、見えますね」「おお、見える」

「二人一緒ですか」「そうだよ」

「何をしています」「そばの収穫さ」

「ほぉ、二人おそばでソバの収穫とは」。

 男は笑わず、みよちゃんも笑わない。

「どこですか」

「蕎麦畑に決まってるだろ」

「日本ですかね、いつ頃ですか」

「日本じゃない。時は二千と百二十五年」

「百年後じゃないですか。外国なの? もっと詳しく教えて貰えますか」「生まれは二人とも日本。だが十年前に日本を離れて今はタスマニアだ」「タスマニアってどこ? アフリカだっけ」

「それはタンザニア。タスマニアは元オーストラリア。今は新オセアニア国だ」

 日本を離れたのは仕事が無くなったからで、AIが普及した事による、と男は語った。子供がいなかったので、外国脱出を考え、最初ニュージーランドに移住した。酪農をやってのんびり暮らしたいと思っていたが、酪農も殆どが電子機器とロボットによる管理作業で、飼育の楽しみを見つけられずにいたところに、隣国の元オーストラリアと合併してしまった。それを機にタスマニアに移り住んだのが四年前で、元アポリジニーが暮らしていた地域に移り住んだ。途端、それまで諦めていた子供が生まれ、キャッシーと名付けた女のコは三歳になる。自給自足に近い生計で、ここに移り住んでくる住民はみな同じような生活スタイルだ、助け合いを基調とする共同(コミュ)生活(ーン)に近いと言う。

「日本の新蕎麦は早くて六月でしょ。こちらは三月に食べられるんです。ま、気候が反対と言えばそれまでですかね。私が打った蕎麦は評判がいいんですよ。それより今は、丼の器を焼けないかと。いい土を見つけたので作陶の楽しみが見つけたところなんです」

延々と話が続きそうになったところで覚醒して貰った。感想はと問うと、「いいヒプノでした。満足です。ですが」「何?」

「來生の蕎麦も悪くなかった。でも、妻が今、そばにいてくれた方がどんなに嬉しかった事か」。

笑顔での言葉だったので、施術者としては納得の終了となった。

終りに当って男に告げた

「夫婦の死別は必ずやってくるのです。先に逝(い)くか残されるかだが、二人でこの世に転生してこられる時に貴方が残る方を選んだという事なのです、奥様に悲しみを味わわせないという男気だったのでしょう。選んだ以上、その責は果たさねばならない。嘆く以上に今から果たすべき使命がある筈です。貴方はそれを捜して努めるべきだと考えますが」。

 黙って頷いて帰って行った男だが、後ろ姿の肩は重荷が外れたように軽く見えたのだったーー続く 

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