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みよちゃん⑥ーー実存ヒプノ十二


 続いても男性からの依頼だった。六十を過ぎたばかりというのに髪はすっかり白髪で、七十過ぎと言われても信じられる風采だった。子どもはおらず、六十で定年退職してからの妻との二人の生活を楽しみにしていたという。

「ご存じですか先生、TVの〈人生の楽園〉という番組を」との男の問いに、知らないと答える。知ってはいたが見たくない番組だった。退職後に第二の人生とやらを夫婦が仲睦まじく起業して経営するというもの。自分も退職後は二人で民宿でもやるかと計画していたのに、妻は五年前に他界してしまい、夢は儚(はかな)く頓挫(とんざ)しているのだ。そんな番組など見たい筈もない。

 男は続けた「私も妻も料理好きでしてね、退職後には一緒に何をやろうかと語るのが楽しみだったんですよ。それが」。

 退職に合わせるかのように妻は病魔に襲われ、突然死したという。「それから今まで、夢も希望もない日々でした。早く妻の迎えが来ないかと。自殺も考えましたよ。でも転生論では自死を諫(いさ)めている。私はどうすればいいんだ、毎朝目覚める度に、今日も生きろと言うのかと悔やむ日々なのです、二年もの間です」。

「解りました。それで? 御依頼は?」。

「三つあります。なぜこういう人生になったのか知りたい。二つ目は、〈たら・れば〉催眠で妻が死んでなかったらの世界、つまり妻と老後を共に生きている人生を見てみたい。三つめは、來生でも妻と結ばれる縁なのか、それを知りたい」。

「ふむ。ご依頼の要件は解りました。が、三つとも容易ではありません。理由を説明しましょう。何となれば、ヒプノで体験できるのは自分に関する世界だけなのです。〈たら・れば〉も過去の自分の体験の変容世界を見られるのであって、第三者の絡む事柄となると難しいのです」。

 男に落胆の色が浮かんだのを見ながら続けた。

「難しいご依頼だ、と、他の施術師(セラピスト)ならきっと言うでしょう。だが、ヒプノ歴四十年、国内トップクラスを自称し、かつ本邦初の〈たら・れば〉ヒプノを開発した私としては、無下(むげ)にご依頼を断れる立場にはない。やってご覧にいれましょう。ご期待して貰って結構です」

と言いながら、みよちゃんに安堵の色が浮かぶのを目の端にしっかりとらえている。が、尊敬の色までは見つけられてない。ーー続く

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