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みよちゃん③ーー実存ヒプノ十二


 数日後。ヒプノ依頼に来たのは、隣県熊本からで五十過ぎの男性。依頼項目は二件だった。一つが過去生、もう一つが(たら・れば)ヒプノで、どちらも女性に関してのもの。二回の離婚歴があり、三人目の妻と暮らして十年になる。が、最近になり別の女性と関係が出来てしまった。妻と離別して女との結婚を考えている、が、この新しい出会いは何なのか、そして一緒になったらどうなるかを知りたいというものだった。

 初日の夜。みよちゃんも交えて、食事時に酒を飲みながら語る。アシスタントとして彼女は紹介した。

(四人の女性ですか、多くと出会うのはアナタが女好きだからですよ。羨ましいですね)、なんて茶化すような事はしない。酒が入っても、だ。セラピストとしての矜持(きょうじ)が失われかねないし、ましてみよちゃんの信用を失う言動は金輪際御法度だ。

「明日の午前はヒプノの説明をさせていただき、午後から施術としましょう。一つが女運を知る過去生ヒプノで、もう一つが(たら・れば)、と二段回で考えたのです。ですが、貴方には若干の勘違いがあります。(たら・れば)ヒプノとは、過去の選択を変更していたらどうなったかをやるものなのです。ですが、貴方のご依頼は今からの選択を問うものだからです。ですから、〈たら・れば〉でなく、実存ヒプノの課題と、未来への投企という連続性でやれるのではと考えました。明日は続けてやりましょう」と。

「現生に最も関係深い過去生です。どこですか、何をしていますか」

「じょろやたい」

「え、じょろや。ゆっくりでいいですからね、思い出すのは」。

そう言うと、被験者の男性をそのままに室外に出て、付き添っていた彼女を外へと招いた。

「過去は遊郭(ゆうかく)の女性みたいなんだ。北九州の。続きを聞く?」

「遊郭、って?」

「今のソープランド、知らない?」「ええ」

「私も行った事は無いのでよくは知らないが、モモジローの映画で知る限り男性が性的に遊ぶ場所です」

「モモジローって?」

「トラック野郎。とにかく何を話すか解らないから無理して聞く事はない」と、自分は行った事は無いに力を込めて語ったが、聞くと返事した彼女と部屋に戻る。彼女の反応が楽しみになっている。

「場所と時代が解りますか」

「宮崎の近くです。時代は新しい世になったところです」「新しい世?」

「将軍様に代わって天子様の世です」「明治ですかね。名前と歳が解る?」「名は彦一、歳は十八」「彦一さんと? 男ですか」

「うんにゃ。女子(おなご)じゃ」「解りました。お願いがあるんですが」「何?」「お女郎さんの言葉で無く、女言葉でも無く、男言葉で喋って貰えませんかね」「良かど」。

 ホッとした。過去生が異性の場合は異性語で話してくるのが通常なので不慣れではないのだが、みよちゃんという第三の観察者がいる事でなぜか対話にも調子が狂い、いかつい男性が女性語で話すのに噴き出しそうになってきていた。それを抑えて、続ける。

「なぜ彦一とか男みたいな名前なの」

「肥後の出じゃからよ、肥後で一番の意味」

「そこは熊本?」「違(チゴ)、宮崎じゃ」

「出稼ぎですか」「出稼ぎ? 違ど。身売りされたとよ」

「そうか、長いの?」「半年じゃ」

「何人くらいいるの、そこ」「女子(おなご)ん衆なら、八か九人」

「仕事はどう?」

 性的仕事を聞くのに躊躇(ためら)いは有ったが、聞くと答えたみよちゃんに聞かせたい気が生まれている。

「どうチ聞かれても、な。楽しか訳がなかろ。マンマが食える分だけましじゃち、思うちょる」

「いつまでいるの」「年季明け、借金が終わるまでよ」

「そうなんだ、何年ほど?」「八年くらいじゃ、ち」

「そうか。心掛けとかある?」「心掛けち、何な?」

「心で決めた決まりみたい、なもの」

「病にならない。男に気をやらない、かな」

「ん? 気をやらない?」「惚れさせても惚れない、つう事」

「そう。そこを出ようとは思わないの?」

「出る? できない。逃げても捕まるだけよ。前借金がカタだし返せないとクニでも困る」

「そうか。話を変えますね。西郷さんって知ってる」

「エラか陸軍大将さぁじゃろ。あ、辞めて鹿児島に戻ってきやったとか」

「知ってるんだ。あった事は無い?」

「鹿児島のエラか人がこげなトコに来(き)やる訳がナかが。キャク下じゃし」。〈客下? 格下の店にと言ってるのか〉と得心し、続ける。

「西郷さんが戦争でここらを通ったって話はない」

「うんにゃ、聞かんど。徳川は征伐が終わったやろ、何のイクサかい」

「そうですか。ではその生を終えてあなたは中間生にいます。人生を大まかに振り返って教えて下さい」

「はい。苦労の一生でした。年季が倍に伸びて、クニに戻ったのは三十過ぎでした。それから家の手伝いで結婚はしないまま、数えの五十で他界しました」「年季が伸びたのはどうして」

「政治の所為(せい)です。あの後、明治十年に西郷さんが戦争をしやりました。人望のあった西郷さんでしたからいい世に替えてくれるだろうと期待したのです。ですが西郷さんが残したのは使い物にならなくなったお金でした。戦後、西郷さんのお金を政府がただの紙切れにしたのです、西郷人気を落す為だったかは解りません。次に政府は西南戦争で作った借金返済をする為に緊縮財政を採りました。私の借金は減るどころか馴染ん様(さァ)達から戴くお金も減る一方でどうしようもなく、年季が二十年超えたのはその為です」

「そうですか。他には何か」

「政治の事をもう少し語りますね。現生で〈森・加計問題〉とか話題になりましたね」

「ええ。よくご存知で。総理が友達の為に国有地を不法に安くで払い下げを画策した疑獄だと私は思ってます。自殺者も出た」

「ですね。実は、私の過去生でも同じような事件があったのです。ご存じですか。北海道官有物払い下げ事件」

「どんなのだったっけ?」

「鹿児島の方には聞きづらい話かもしれませんが」

「かまいませんよ」

「薩摩藩出身で北海道開拓長官の黒田清隆が同郷の政商五代友厚に地位を利用して官有物の不当な廉売(れんばい)をしようとした事件です」

「結論はどうなったっけ」

「あれ、セラピストさんは元高校社会科教師じゃありませんでした?」

「ええ。でしたが退職後の日も経ちましたんで。忘れもしますよ」

「ですか。ではお話しましょう。事件を新聞が厳しく追及したのです。黒田の政的の大熊重信との利権争いを、新聞は熊対蛸の勝負と連日の如く書き、囃し立てました。熊は黒田、蛸は黒田のあだ名です。で、黒田は失脚となり、計画は破綻(はたん)です。新聞の追及が黒歴史を暴き、裁いたと言っても過言ではない」

「そうでしたか」

「もう一つ有ります。権力が腐敗するのは監視する機能が無いからだ、国民の声を聞くべしとの声が世間に輩出した」

「自由民権運動だな」

「そう。それを利用したのが伊藤博文です。国会を開設するとの公約をすると、欽定憲法を作り、ちゃっかりと初代総理の椅子に座っちゃいました」

「長州はずるい、薩摩の鈍直に比べ」

「フフ。そこまでの決めつけは致しませんけどね。とにかく、マスコミともう一つ、国民代表としての国会が行政チェックを果たさなければ権力は腐敗する。それが百四十年前の教訓です。マスコミと国会は怠惰であるべからず、と」

「なるほどね。で、貴方の人生ですが」「はい」

「振り返っていかが」

「政治に翻弄(ほんろう)された人生でした。勿論、政治とは政(まつりごと)の方で、性(セックス)の方ではありません」「はい」。

 又しても噴き出しそうになったのだが、みよちゃんはニコリともせず話を聞いている。どこまで理解しているか判らないが。   

 「西郷札にせよ松方デフレ政策にせよ、私どもは貧しくなっていく一方で、どうしようもありませんでした」

「そうですね。女性に参政権などの権利が認められたのは新憲法からですものね」

「はい。女性は政治の犠牲者でしかなかったのが戦前でした」

「成程。で、話を戻させて貰いますよ。現生の自分へのメッセージを貰えますか」

「解りました。愛です」

「愛する事が貴方の現生での課題だと」

「そうです。過去生の自分が学ばなかったものと考えます」

「もっと愛せよ、ですね」

「ええ。ですが。愛はラブです、性(セックス)ではありません」

「では、愛せよ、を課題として担(にな)った将来の自分を見てみましょうか、今からが実存ヒプノとなります。いいですね」

「待って下さい」ーー続く

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