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みよちゃん②ーー実存ヒプノ十二


 初日の夜。酒を飲みながら、彼女を名前から、みよちゃんと呼ぶ事にする。〈ちゃん〉呼びは心理的垣根を取っ払う思惑である。垣根で言うなら、ハウス内のゲストルームに内鍵はどこもつけて無い。女性一人での来客にせよ、内鍵の用心をするようではヒプノ依頼者として肝心の信頼(ラポール)感ができていないとの考えからだ。が、鍵無しの理由は問われた時にだけ答えている。

 その夜、HPを改編した。自分のネットでは圏外の為、彼女の回線を借りた。改編したのはヒーリングハウスの予約について。今後ひと月をサービス期間として三割引きとし、一週間前としていた予約を三日前で可とした。施術ゲストを増やして、彼女にヒプノ見学を多くさせてやろうと思ったからだ。

 翌日。午前二時間を学習時間とする。五年前に始めたHPは毎日更新していて、〈てつとの部屋〉には千六百を超す内容をアップしている。心理学関係が凡そ六百、政治社会記事の転載が同じ程、残りがコラムなどの雑記である。彼女には日に二十頁の心理学用語や理論を読んで貰い、質問に答えると言うやり方を学習法とした。

 午後から本土最南端の佐多岬へのドライブに誘う。身上話を昨夜途中で止(と)めたのは、対面で聞くには重い内容に思え、時をずらして車中対話とした方が話しやすいだろうとの計算だった。

 結婚二年で夫と別れ、再婚せずに一人娘を育てて来た。仕事は保育士をしている。娘も短大で保育士の資格を取って卒業後の就職も内定していた。帰省した娘と正月を一緒に過ごし、帰る時に近くの金融機関の通帳と印を渡してお金をやったのは成人式用の晴れ着代を援助の為で、現金にしなかったのは指定した支店の男性行員が自分のお気に入りだったから。明朗で誠実そうな行員に、娘と縁が出来ればと淡い期待を勝手に思い浮かべていた。通帳は後日でいいからとして、娘はそのまま自宅へ戻ったはずだった。が、到着予定の時間を過ぎても電話が来ない。待った電話は一時間後、救急病院からで、娘の交通事故と重体を告げるものだった。

 「死に目にも会えなかったんです」「余計な事さえ頼まなければ」と語り終える頃には、横目にも薄いハンカチがぐっしょりと濡れているのが見てとれた。四年前の出来事なのに先日の事のように思い出されると語った。が、そこまで口に出していない願いが、隣座席からひしひしと伝わって来た。(あの時、用を頼んでいなかったら)を知りたいとの願い。

 だが、もしも。娘に依頼をしなかったらの〈たら・れば〉ヒプノをやって、事故に遭っていない多次元(パラレル)世界(ワールド)が現れた場合、彼女の責めは計り知れないものに成らないだろうか。急(せ)いてはなるまい。彼女には時間が必要と思った。他の被験者の(たら・れば)ヒプノをみて貰う必要があるとも。

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