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中東情勢を読む


 米国がイラクでイランの革命防衛隊のクドス部隊のスレイマニ司令官を無人攻撃機のミサイルで暗殺したことで中東全域に緊張が高まっている。暗殺作戦について、トランプ大統領は声明を出し、「我々は戦争を止めるために行動した。戦争を始めるためではない」と述べたが、イランの最高指導者ハメネイ師は「厳しい報復を行う」と表明している。中東は新たな戦争に向かいかねない危機に直面している。

 トランプ大統領は「スレイマニは20年にわたってテロ活動に関わり、中東の安定を乱してきた。イランの革命防衛とクドス部隊は彼の下で、数百人の米国人の軍人や民間人を標的とし、傷つけたり、殺害したりしてきた。今回の措置はずっと前に行われるべきだった」と述べた。20年というのはスレイマニ司令官が1988年にクドス部隊の司令官に就任してからのことである。

 スレイマニ司令官を単にイランの軍司令官の一人と捉えると、今回の米軍による暗殺作戦の重大さを見誤ることになる。さらに、クドス部隊はイランの革命防衛隊の精鋭部隊とされるが、スレイマニ司令官が部隊を率いて、各地で戦っているわけではない。スレイマニ司令官はイラク、シリア、レバノン、アフガニスタン、イエメンなどイラン国外で、各地のシーア派の民兵組織に資金や武器、訓練を提供するというイランの対外工作を担っていた。

 スレイマニ司令官は最高指導者のハメネイ師と直接連絡を取ることができる唯一の軍人とされていた。つまり、ハメネイ師の下で、中東に広がっているシーア派勢力の統一戦線をつくり、それを統括するゼネラル・マネージャーのような存在ということである。

 クドス部隊はシーア派だけでなく、スンニ派であるパレスチナのハマスやイスラム聖戦などにも資金や武器を提供していた。部隊名「クドス」は「聖地エルサレム」のことであり、異教徒に占領されたイスラムの地を解放するという部隊の使命に沿ったもので、レバノン南部のシーア派組織ヒズボラと合わせて、イスラエルを挟み撃ちにする構図をとっている。

 トランプ大統領がいうように「20年間」のスパンで見れば、イランがイラクとともに米国の二重封じ込め政策のもとに置かれていた20年前と比べれば、現在、イランがイラク、シリア、レバノン、さらにイエメンで政治を左右する決定的な影響力を持ち、さらに湾岸へと影響力を強めている。それはすべて、スレイマニ司令官の功績といっても過言ではない。

 スレイマニ司令官は、イラクやアフガニスタンのシーア派民兵、レバノンのシーア派武装組織「ヒズボラ」、イエメンのシーア派組織「フーシ」を支援し、武器や資金を提供してきた。スレイマニ司令官の手腕と役割が最も影響力を示したのは、シリア内戦である。アサド政権は2012年から13年春にかけて、反体制派勢力、特に武装イスラム勢力の攻勢を受けて、危機に面していた。それが現在に至る攻勢に転じたのは、13年4月にレバノンのシーア派のヒズボラがシリア北部の要所クサイルの奪回作戦に参戦し、2カ月間の激戦で奪回してからである。その後、シリアにはヒズボラだけでなく、イラクやアフガンのシーア派民兵が参戦し、アサド政権軍の攻勢を担った。

 イランの国外でスレイマニ司令官の姿がメディアに出ることは特別な機会以外はないが、2016年12月初め、シリアのアサド政権軍がシリア北部の反体制勢力の拠点だったアレッポ市東部を制圧している最中に、スレイマニ司令官は制圧された地域の通りを歩いたり、イラクやアフガンのシーア派民兵たちに囲まれたりする様子がメディアに公開された。アレッポ東部の陥落はアサド政権の決定的な優勢と、反体制勢力の劣勢を印象付けた出来事だった。スレイマニ司令官が現地を訪れる映像が流れたのは、掃討作戦の主力をになったシーア派民兵を統率する同司令官の影響力を誇示する狙いとも見られた。

 イエメン内戦ではフーシは首都サヌアを制圧し、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)が支援する暫定政権を圧倒している。昨年9月にはフーシによるサウジ国内の石油施設のドローン攻撃によって、サウジの石油生産の一日生産量の半分にあたる日量570万バレルが減少したとサウジ政府が発表した。世界の石油供給の5%に相当する。ドローン技術はイランの革命防衛隊から提供されたとの見方が強く、レバノンのヒズボラがドローンやミサイル発射でフーシを支援しているという見方もある。事実かどうかは分からないが、各地のシーア派民兵組織を束ねるスレイマニ司令官がいることで、シーア派組織間の連携は可能になる。スレイマニ司令官は一人の司令官というだけでなく、米国に対抗する手段と戦略を持った人物だったのである。

 トランプ大統領は声明の中で、スレイマニ司令官指揮下のクドス部隊が「20年にわたってテロ活動に関わった」と述べたが、この20年間に中東で起こったことを見れば、米国は中東に軍事的に関与したいくつかの重大な軍事的局面でイランの協力を得ている。

 まず2001年の9・11米同時多発テロの後に、米軍主導の北大西洋条約機構 (NATO)軍がアフガニスタンの北部同盟と協力して、過激派組織アルカイダを庇護していたタリバン政権を排除し、アルカイダの拠点を掃討したアフガニスタン戦争にイランは協力した。北部同盟にはアフガンのシーア派勢力も含まれ、イランは戦争前から北部同盟を支援していた。

 次は、2003年のイラク戦争後に米軍占領下で創設された統治評議会に参加したイスラム革命最高評議会やダワ党などシーア派組織は、旧フセイン体制時代にイランに拠点を置いていた。シーア派政治組織が米占領体制と戦後復興に参画したのは、イランの意図があったと考えるしかない。

 さらに2014年にイラクの第2の都市モスルが「イスラム国」(IS)に支配された後、シーア派民兵各組織はスレイマニ司令官のもとでIS掃討作戦を行う民衆動員部隊をつくり、米国が勧めたIS掃討作戦に協力した。2017年7月にイラク軍が米軍主導の有志連合による空爆の支援を受けて、ISが支配したモスルを制圧した時、シーア派民兵組織の民衆動員部隊も参加していた。

 当時、イラクの治安関係に近い人物と連絡をとったところ、「バグダッドにある民兵組織が集まる作戦本部は、イラク軍や内務省から独立していて、イラク政府の指令は受けない。その作戦会議を仕切っているのはスレイマニ司令官だ」という話を聞いた。

 今回、米軍による暗殺作戦でスレイマニ司令官と共に殺害されたイラク人の一人ムハンディス司令官は、民兵組織イラク・ヒズボラを率い、民衆動員部隊の副司令官で、スレイマニ司令官の右腕だった人物である。イラク・ヒズボラは2016年12月にスレイマニ司令官がアレッポの前線を訪れた時のビデオや写真にも登場する。ムハンディス司令官とイラク・ヒズボラは、イラクだけでなく、シリアでも、スレイマニ司令官の手足となっていたことが分かる。

 アフガン戦争も、イラクの戦後復興も、ISとの戦いも、いずれもイランにとっての利益でもあるが、それぞれの局面でイランの協力がなければ、米軍はその都度、より重大な困難に直面していたことは間違いない。イランの協力というのは、スレイマニ司令官の協力と言い換えてもいいだろう。イランで反米一辺倒の強硬派の宗教者たちが影響力を持つ中で、中東での対外政策ではハメネイ師直下のスレイマニ司令官が強い主導権を持っていたことが、局面に応じて米軍との協力が可能になった理由ともいえよう。

トランプ大統領が「(クドス部隊が)20年にわたってテロ活動に関わった」というのは、そのような20年の経緯を無視したものである。オバマ大統領がイランの核開発問題で合意に進むことを決断したのも、中東で急激に影響力を増したイランと正常な外交関係を持たないままでは、イラクやシリアはもちろん、イスラエルやペルシャ湾岸を含む中東の安全保障を維持できないという情勢の変化があったとみるべきである。

イラク、シリア、レバノン、イエメンという紛争地域で各地のシーア派勢力に対して圧倒的な影響力を持つスレイマニ司令官は、米国にとっては、中東での決定的な軍事的な危機回避のための最終的な交渉相手でもあった。その意味では、トランプ大統領は、彼がいつも強調する「ディール(取引)」の相手を失ったことになる。

 スレイマ二司令官なき今後の最大の不安定要因は、もし、イランで宗教的強硬派が主導して米国に対する報復が始まったら、歯止めが効かなくなることであろう。イランがすぐに直接的な報復に動かないとしても、米国の中東政策でイランの協力を得られず、逆に妨害を受けるとすれば、ただでさえ影響力を低下させている米国の中東政策は機能不全に陥ることになりかねない。

 スレイマニ司令殺害の後、駐イラク米国大使館はイラク国内の米国人に即時出国を勧告した。イランの政治的・軍事的政影響下にあるイラクで、米国や米国系企業・組織が安全に活動できるのかどうかは大きな懸念材料となろう。

 最大の謎は、トランプ大統領はなぜ、大きなリスクを冒してまでスレイマニ司令官を殺害したのかということである。暗殺の直接の理由について、大統領は声明の中で、「最近、一人の米国人が殺害され、4人の米軍人が負傷したロケット攻撃やバグダッドの米大使館への暴力的な攻撃は、スレイマニの指揮下で実行された」と書いている。それは昨年末から年始にかけて起こったことである。この経過は次のようなものである。

 ▽12月27日 米軍関係者が拠点としているイラク北部のキルクーク州の軍基地に対してロケット攻撃があり、米国人の請負業者一人が死亡し、米軍人4人が負傷した。

 ▽12月29日 米軍は報復としてイラク・ヒズボラの本部を含む3つの拠点を空爆し、25人の民兵を殺害した。空爆について、イラクのアブドルマハディ暫定首相は「イラクの主権を侵害するもの」と非難した。

 ▽1月2日 シーア派民兵組織への空爆に抗議して、デモ隊がバグダッドの米国大使館に押しかけて、投石し、入口に火をつけるなどした。イラク・ヒズボラの支持者と見られている。

 ▽1月3日 米軍は無人攻撃機をつかってバグダッド国際空港近くで車両を空爆し、スレイマニ司令官とムハンディス司令官らを殺害した。

 以上の経過を見れば、米軍の報復はいかにも性急で、過剰である。事態を収拾しようとする意思は全く感じられない。それもイラク・ヒズボラに照準を合わせたような報復である。この流れを見る限り、トランプ大統領と米軍にはスレイマ二司令官の暗殺計画が先にあったのではないかと勘繰りたくなるような展開である。トランプ大統領の意図や計算は分からないが、ものの弾みでこうなったというには、余りにも重大な出来事であろうーーー ヤフーニュース6日より

 川上泰徳中東ジャーナリスト

元新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」など取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランスとして夏・秋は中東、冬・春は日本と半々の生活。現地から見た中東情勢を執筆。著書に新刊「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)「中東の現場を歩く」(合同出版)「イスラムを生きる人びと」(岩波書店)「現地発エジプト革命」(岩波ブックレット)「イラク零年」(朝日新聞)

橋ーー予断を許さない情勢に対し、アベが何もできない(# ゚Д゚)

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