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恐るべし!再び「戦前」


 なんだか戦前と似ていないか。特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認、安全保障関連法、そして自衛隊を明確に位置づける憲法改正へ。安倍晋三首相は11日、内閣改造後の記者会見で「新しい国造りに挑戦すべき時」と述べ、改憲を「必ずや成し遂げていく」と強調した。この先にあるのは、どんな「新しい国」なのか。「現政権は今、戦時体制の総仕上げをしようとしている」と警鐘を鳴らす近代刑法史に詳しい内田博文・九州大名誉教授に、戦前と今の酷似点と、この流れを食い止める手立てを聞いた。【鈴木美穂】

 内田さんは、言論の自由を奪い、戦時体制の礎を築いた治安維持法の制定・運用の過程を、帝国議会の審議資料や大審院の判例などから検証し、著書「治安維持法の教訓」「刑法と戦争」(いずれも、みすず書房)にまとめた。著書で内田さん、近年急速に進んだ国の権限を強める一連の法整備と、戦時体制を強めた当時の日本の状況を比較し、今は1928年、元号で言えば「昭和3年」とよく似ていると指摘する。

 昭和3年とは、どんな時代だったのか。内田さんが解説する。「その3年前に制定された治安維持法は、昭和3年に緊急勅令および議会の事後承諾という形で大幅に改定されました。国体の変革が厳罰化され、最高刑は死刑となりました。結社目的遂行罪も新設され、労働組合や文化団体などの取り締まりに威力を発揮します。当初、この法律が対象としたのは無政府主義者や共産党員でしたが、次第に労働組合員や反戦運動家らにも広がり、太平洋戦争直前の41年の改正時には『普通の人たち』の『普通の生活』が国の監視や取り締まりの対象となりました」

 内田さんによると、国が戦時体制を推し進める際には(1)治安体制(2)秘密保護・情報統制(3)国家総動員法制(4)組織法制などをセットで整備する。戦前も改正軍機保護法(37年)や国防保安法(41年)制定によって秘密保護・情報統制が進み、国家総動員法(38年)により、国家のすべての人的・物的資源を戦争遂行のために統制運用できるようにした。「この流れの中で、満州事変(31年)が勃発しました。その後、日本は戦線拡大に走り、太平洋戦争になだれ込みます。昭和3年の段階であれば、治安維持法を廃止し、引き返す選択もできた。しかし当時の世論は軍部にくみし、後戻りできない状況に進んでいったのです」

 戦後74年を迎えた今の日本は、昭和3年とそんなに似ているのか。内田さんは表情を引き締め、こう語る。「まるで同じです。現政権は日本を新たな『戦前』にしようと企てています。その証拠に、戦時体制の構築に向けてさまざまな下準備を進めてきました。改憲はその総仕上げ。私たちは今、戦争に向かう一歩手前、つまりルビコン川の岸辺に立っているのです」

 改造内閣には安倍氏に近しい人たちが並んだ。内田さんは「最後の仕上げとの印象を受けました。この内閣の最大のテーマは憲法改正。戦前の場合、『満州事変』が戦争に向かう決定打となりましたが、現在の日本にとってはそれが『憲法改正』ということになります」。

第2次安倍政権が発足(2012年)してからの流れを振り返ってみると、国の安全保障に関する情報漏れを防ぐ特定秘密保護法(13年)制定に始まり、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定(14年)、自衛隊の海外での武力行使を可能にする安全保障関連法(15年)などが矢継ぎ早に整備された。さらに17年には、過去に3度も廃案となった共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が成立した。内田さんは「戦後、日本の在り方を揺るがす決断が毎年のように行われています。一連の法整備で、国は都合の悪い情報を国民に隠し、国民を監視することができるようになりました。これこそが『戦前回帰の企て』です。現行憲法と明らかに矛盾する決定が、戦前よりスピーディーに行われているのです」と危機感をあらわにする。

★「違憲訴訟」で対抗を

 戦前の教訓を今生かす手立てはあるのか。内田さんは「法律が憲法に適合しているか否かを審査できる裁判所の『違憲立法審査権』を国民の『最大の武器』にすべきだ」と語る。

 「国民主権、平和主義、基本的人権の尊重(憲法の3原則)をないがしろにする国家の暴走が生じた時、食い止める武器となるのがこの制度です。戦前、悪法は法律の外皮をまとい、制定されました。そうした負の歴史への反省から戦後、憲法が保障したのが違憲立法審査権です。裁判所は『憲法の番人』とされながら役割を果たしていないとの批判もあります。違憲訴訟の取り組みを根気強く行い、法の問題点をあぶり出す戦いを続けていく必要があるのではないでしょうか」

 この間、政府が取った手法にも「戦前との共通性がある」と内田さんは指摘する。「戦前の政府は治安維持法の制定により、大日本帝国憲法の事実上の改正をはかりました。現政府も集団的自衛権の行使を認める閣議決定や安全保障関連法などの制定によって憲法9条を骨抜きにしました。過去のあしき手法に学び、踏襲したかの印象です」

 この発言を聞きながら、麻生太郎副総理兼財務相の「ナチス発言」が頭をかすめた。13年の講演での「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わった。あの手口に学んだらどうか」という発言で、国際社会の批判を受けて撤回した。だが、その後の政府の法整備を振り返ると、政府の本音だったのではないかという疑念が湧く。

 では、憲法を守ることが「戦前回帰の企て」を阻止することにつながるのか。内田さんはこう語る。「今の憲法は戦前の反省に鑑みてつくられました。日本は国際社会への復帰に際し、『過ちを再び犯さない。戦争はしない』と誓いました。つまり憲法を改めることは国際社会との約束をほごにすることなのです。国内はもとより海外、とりわけ近隣諸国に与える影響は大きく、日本の信頼の失墜にもつながる大きな問題です」

 憲法9条だけに注目が集まりがちだが、内田さんは「改憲の狙いはそこにとどまらない」と指摘する。「家族や民間組織を戦争遂行のための組織に変えようとしている。具体的には自助や共助が求められる日本型家族制度を復活させ、公助の概念は後退する。改憲と併せ、基本的人権を大幅に制限する緊急事態法の制定や家族法の改正への動きのほか、公教育や地方自治体の変質などが今後、強まるのではないかと懸念しています」

 改憲の是非を問う国民投票が正念場になると内田さんは言う。

 「どんなに主体的に選び取ろうとしても、国は虚偽の情報を流し、国民間の分断工作に出てくるでしょう。常に『これは本当ですか』と押し返していく力が国民一人一人に求められます」。そして、最後にこう熱く問いかけた。「憲法改正でこの国の戦時法制は完成してしまいます。しかし、それでよいのでしょうか。平和も人権も受け身のままでは守ることはできません。今こそ傍観をやめ、参加型民主主義を始める時ではないでしょうか」

■人物略歴

うちだ・ひろふみ

 1946年大阪府生まれ。京都大大学院修了。専門は刑事法学。九州大教授や神戸学院大教授などを歴任。著書に「治安維持法と共謀罪」(岩波新書)など。国のハンセン病問題検証会議の副座長を務めた。

<写真> 写真:内田博文 九州大名誉教授ーー毎日新聞デジタル24日より転載

橋ーー内田論に全面賛成! 緊張感ヲ持ってアベをみはらねば!

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