続・アベの対韓外交
〈北朝鮮への憎悪むき出しで、「対話ではなく、圧力以外ない」といっていた安倍首相が、トランプが金正恩に接近するや、今度は「前提条件なしに会談する」と態度を一変した。2年前はJアラートを全国各地で鳴らして危機をあおり、とうとう少子高齢化とあわせて「国難突破解散」として衆議院を解散した。いま問題化している「あおり運転」に例えていえば、これは国政の「あおり運営」である〉 憲法学者の水島朝穂早大教授は26日付のホームページのコラム〈直言〉で、安倍政権の政治姿勢を「あおり」と揶揄していたが、今起きている韓国のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄という状況も、まさに「あおり政治」が招いた最悪の“事故”と言っていいだろう。 本をただせば安倍政権が徴用工問題に対する“事実上の報復措置”として経済制裁に踏み切ったのが始まりだが、政治問題を経済問題にすり替えるという禁じ手を使っただけじゃなく、「韓国は安全保障上、信頼できない」と声高にあおった上で、「ホワイト国」(優遇対象国)からの除外を強行したのだ。
当然、あおられっぱなしの韓国が黙っているはずもなく、「そっちが、その気なら」と、福島原発汚染水情報の公開要請や日本からの輸入食料品の放射線検査強化などの対抗策を次々と打ち出して“応戦”。日韓双方による敵視感情ムキ出しの愚策の応酬の結果が、今回のGSOMIA破棄につながったワケだ。 ■幼稚な安倍政権の外交姿勢が嫌韓ムードの元凶 この状況に沸き立っているのがネトウヨらだ。ネットでは〈韓国とは国交断絶しろ〉〈仮想敵国は韓国〉〈韓国人を日本から追い出せ〉など嫌韓ムード一色。芥川賞作家の平野啓一郎氏がツイッターで、河野外相が「政府間が困難な時こそ積極的に国民どうし交流を」と発言した記事に触れ、〈散々、煽っておいて、何が『国民どうし交流を』だ。アホか。ずっと努力してるよ。だったら、日本国内で暴走している嫌韓ムードを諫めるくらいのことをしたらどうか〉と投稿すると、ネトウヨはたちまち猛反発。
〈反日教育や運動をしてる限り無理ですね。今まで我慢していた日本人が我慢する必要を感じなくなっただけです〉〈謝ったり、譲ったり、大人の対応をしても韓国には意味がないんですよ。頭がおかしいから、距離を取るしかないんです〉〈作家風情が生意気言うな〉と大荒れになった。 〈日韓関係は問題解決の見込みの全く立たない状態に陥ってしまいました(中略)我が国が敗戦後、戦争責任と正面から向き合ってこなかったことが多くの問題の根底にあり、それが今日様々な形で表面化しているように思われます〉 23日付のブログでこう書き、激しいバッシングを受けたのが自民党の石破茂元幹事長だ。ネットでは〈石破は売国奴〉〈絶対に総理大臣にさせない〉と袋叩きのコメントがあふれていたが、日本は一体いつから、嫌韓世論に異を唱えると非国民扱いされるような不寛容で不気味な国になったのか。
評論家の佐高信氏がこう言う。 「安倍首相や麻生財務相、河野外相ら、今の日本政府の要職を占めている政治家は皆、世襲政治家。いわゆるボンボンであり、幼い時から何でも思い通りになると思って生きてきた。対人関係も、好きか嫌いかという単純な見方しかできないし、ケンカ腰になれば相手が言いなりになると思っている。要するに幼稚なのであり、知恵を失った幼稚な外交に一部の世論が引っ張られている。今の嫌韓ムードにはそういう背景を感じます」
戦争も植民地支配も知らない歴史修正主義の空気が蔓延している日本
そもそも石破の主張はまっとうで、バッシングは的外れだ。石破は「月刊日本」(9月号)でも〈日韓対立は両国の国民を不幸にする〉と題してこう書いている。 〈日韓関係の悪化はわが国の安全保障や経済の問題に直結するのであり、政治家まで国民と同じように感情をぶつけてしまえば、事態はエスカレートするしかありません。そして外交交渉に失敗した場合、不幸になるのは国民なのです〉 〈最大のリスクは自国内の偏狭なナショナリズムと過度なポピュリズムです。一般論として為政者はナショナリズムが高揚した場合、それを都合よく利用するポピュリズムの誘惑に駆られます。しかし、一度その劇薬に手を出すと、いざブレーキをかけようと思っても止められなくなります。その結果、国民は必ず不幸になるのです〉 「韓国は許せない」といきり立ち、拳を振り上げるばかりでは何も解決しない。大日本帝国軍部がナショナリズムをあおり、「鬼畜米英」と叫んで突っ走った結果、「戦争」という、とてつもない不幸を招いた悲劇の歴史を忘れてはならない。恐らく、石破が言いたいのはこういう内容だろうが、ネトウヨらにはてんで理解できないようだ。
嫌韓世論で散見されるのが、戦後の日本は韓国側に譲歩してきたのだから、グダグダ文句を言うなという歴史認識を無視した暴論だ。だが、「鼠壁を忘る 壁鼠を忘れず」との言葉が示す通り、暴力でもイジメでも被害者は加害者のことを絶対に忘れない。国家間の争いなら、なおさらだ。 かつて日本が韓国を併合し、植民地支配を行った事実は消えないし、「被害者」の韓国から見れば、日本は今も「加害者」だ。それを理解した上で、日韓両国が関係を深めるにはどうすればいいのか。何年かかろうと、その糸口を模索し続けることが、日本が取るべき対韓外交の姿ではないのか。 「戦後74年にもなるのに、日韓関係を悪化させた安倍政権の罪は深い。被害を与えた側がその事実を忘れ、あるいは無神経な発言をする。それが被害を受けた側の怒りと苛立ちを増幅させ、祖父・祖母の代の怒りは、次の世代にまで増幅して継承されていく。だからこそ、日本の市民の歴史へのまなざしが大事なのです。今、戦争を知らない世代どころか、朝鮮や台湾に対する植民地支配を知らない世代が多数を占めている。歴史修正主義の空気が蔓延している。情けない限りです」(水島朝穂早大教授)
もともと韓国はGSOMIA締結には否定的 加害者が「おれは悪くないもんね」と開き直った態度のままでは、被害者感情として反発するのは当然で、そんな幼稚な安倍政権を“後押し”しているメディアの罪も重い。韓国大法院(最高裁)の徴用工判決を「(日韓の)関係の根幹を揺るがしかねない不当判決」と評し、安倍政権と一緒に韓国の姿勢を一斉に批判してきたからだ。 今回のGSOMIA破棄についても、「そこまでやるか」みたいな論調が目立つが、もともと韓国は過去の歴史の経緯から、日本とのGSOMIA締結には否定的だったし、実際、李明博政権下では署名式がキャンセルになった。米国からの要望を受けた朴槿恵政権が渋々、締結に動いただけで、文在寅大統領は大統領選からGSOMIAの見直しを示唆していたから、何らかのきっかけで文政権が破棄をブチ上げるのは時間の問題だった。
こうした経緯を踏まえ、メディアは破棄に至った原因を冷静に分析して報じるべきなのに、嫌韓ムードをあおり、石破発言さえスルーしているからどうしようもない。元NHK政治部記者で評論家の川崎泰資氏がこう言う。 「メディアは安倍独裁政権に完全に支配されてしまったのではないか。『表現の不自由展』についてもまともな論陣を張るメディアはほとんどなかった。右傾化、国粋化にどんどん向かっている安倍政権の片棒をメディアが担いでいるのも同然です」 野党も野党でヘタレ。破棄したのは韓国とはいえ、こういう最悪の事態を避けるために河野は韓国外相と会談したのではないのか。 突っ込みどころ満載なのに、野党からはマトモな発言は何ら聞こえてこない。政治も言論も沈黙を余儀なくされているかのような状況が向かう先は絶望しかない
ーー日刊ゲンダイ26日より転載
橋ーー上論に全面的に賛意します