八方ふさがりのアベ外交
参院選直前に開かれたG20で「外交の安倍」をアピールしようとした安倍首相。 だが主役の座は盟友のはずのトランプ大統領に奪われ、残ったのは「炎上」だけだ。
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昨日まで世界の主役だったはずの安倍晋三首相は、世界が注目する舞台に居合わせることさえできなかった。
始まりは、6月29日午前8時前、トランプ大統領が大阪から発信したツイートだった。
「もし金委員長がこれを見ているなら、非武装地帯(DMZ)で握手して挨拶する用意がある」
大阪で開催されていたG20大阪サミット最終日、プレスルームに詰めていた世界各国の報道陣が騒然となった瞬間だった。その2時間後、トランプ大統領の姿はサミット会場にあった。
「ツイッター見た?」
会議が始まる前、トランプ大統領は、韓国の文在寅大統領に近付き、そう尋ねた。文氏が「はい」と応じると、トランプ氏は「一緒に努力しよう」と親指を立てたという。
これが事実なら、事実上、わずか2時間の間に3回目の米朝首脳会談実現への流れが決まったことになる。
もっとも泡を食ったのは日本政府だ。この時点で、G20終了後のトランプ大統領の行動を正確に把握していなかった。当然、米国が日本を脇に置いて、水面下で韓国と歴史的政治ショーの準備をしているとは夢にも思わなかっただろう。
何しろ徴用工問題をきっかけに、日本と韓国の関係は悪化。日本政府は韓国が要請した首脳会談はおろか、略式会談にさえ応じなかった。日韓議員連盟に所属する国会議員からは「戦後最悪の日韓関係」との声も聞こえてくる。しかし、安倍首相は、現在の日韓関係をあらゆる意味で利用しようとしていると、政府関係者の一人は語る。
「世界の首脳が集まるサミットで、議長国である日本からも相手にされず、孤立している韓国というイメージを作る目的があった。そして、東アジアにおけるイニシアチブは日本にあることを、米国をはじめ世界の国々に見せつけようとしたのでしょう」
一方、国内的には強気の姿勢を貫いた。サミットでは自由貿易の重要性を訴えながら、韓国に対しては、テレビやスマートフォンに使う半導体材料の輸出規制に踏み込んだのだ。徴用工問題に対する韓国への対抗措置と言われている。
頭の中にあったのは、参議院選挙だ。
「韓国に対して、どのような態度をとれば支持者が喜ぶかわかっている。とくに憲法改正を念頭に、力強い防衛と外交を選挙公約に掲げる安倍政権としては、現在の日韓関係は選挙が終わるまではむしろ好都合なのです」(同政府関係者)
トランプ大統領が公式の場で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と、南北朝鮮を隔てる軍事境界線沿いのDMZで面会する可能性があると発言したのは、G20閉幕後の記者会見の場だった。
「これから文大統領とソウルに行く」
翌日、トランプ大統領はソウルでの米韓首脳会談を経て、DMZにある板門店へと向かった。日本はこれをただ見守るしかなかった。
文大統領に促されるようにして、軍事境界線へと向かうトランプ大統領。そして、軍事境界線を挟んだ反対側に立つ金委員長。そして次の瞬間、トランプ大統領は現職の米大統領として初めて、軍事境界線を越えた。トランプ大統領、金委員長、そして安倍首相がG20で徹底的に袖にした文大統領の3人が並んで歩く様子は、大々的に世界に発信された。
外務省関係者は、この場に日本がいなかったことについて、皮肉を交えて、こう語る。
「トランプ頼みしかない、官邸主導の外交の行き詰まりなんです。米国からも、全く何も知らされていないというのは、日本が軽んじられていると見られても仕方がない。せめて、日韓首脳会談を開催するべきだった。北朝鮮をめぐり、日本は完全にイニシアチブを失った。結局、拉致問題はこれまで以上に米国頼みです」
北朝鮮をめぐる朝鮮半島の非核化を訴えている核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の川崎哲国際運営委員は「米朝首脳による歴史的な面会は朝鮮半島および、東アジアの平和に向けた重要な一歩」としながらも、トランプ大統領の行動は、常に大統領選挙を意識した行動原理に基づいていると解説する。
「トランプ大統領は、軍事境界線を軽々と越え、朝鮮戦争の終結にも言及していますが、イランの核合意からは一方的に離脱し、米ロ間の中距離核戦力(INF)全廃条約も反故にした。これらは『脱オバマ』という大統領選挙を意識した一貫した行動原理なのです」
そして、こう続ける。
「朝鮮半島の運命を、極めて一方的で単独行動主義の米朝首脳の手に委ねておくことはできません。特に核兵器に関しては、朝鮮半島全体の包括的、検証可能で不可逆的な非核化を達成する必要があります」
G20の成果を大々的に宣伝し、参議院選挙に向けてアピールしたかった安倍首相だったが、主役の座は完全にトランプ大統領に奪われてしまった。結局、G20で最も話題になったのは、大阪城の復元時にエレベーターを設置したのは「大きなミス」とした自らのスピーチ。「バリアフリーという概念を持っていないのか」と批判が殺到し、与党内では「オウンゴール」という声もある。
※AERA 2019年7月15日号より抜粋
橋ーー上記論に全面賛意します