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邯鄲〈かんたん〉の夢ーー実存ヒプノ10


今夏発刊予定の「全作家短編小説集」17巻掲載予定の

「邯鄲の夢」〈原稿45枚〉のラストシーン10枚をいち早く

こちらにアップします。

なぜ今日って?ーー明日がエイプリルフールだから( ´艸`)

邯鄲の夢ーー後半

 目覚めるなり慌てた。

 通院予定日だったのに携帯のアラームが鳴らなかったのだ。

 大事な日に充電不足かと悔やんでも仕方ない。ゴミ収集日でもあった事に気づいてドアを開けると登校する児童の姿が見えた。八時前だと安堵してゴミを出し、着替えながらテレビで時間を知ろうとした。が、点かない。リモコンも電池寿命だったらしい。諦めて車に乗った。だが。何度やってもスターターが作動しない。ウンともスンとも謂わないとはこんな状態を指すのだろうが、エンジン関係には全くの素人だからどうしようもない。厄日だったかと思いながら病院迄歩く事とした。逆にこの歩行が血糖値と血圧にいい検査結果を出してくれるかもと思う事にする。災いを転じで福と為せ、は精神(スピリ)世界(チュアル)では〈マーフィの法則〉又は〈引き寄せ〉論だ。

 じゃれながら登校している児童数人を追い抜くと、おはようございますとの彼らの声。振り向いて挨拶を返す。都会では子供に見知らぬ人へ声をかけるなと教えると聞くが田舎は純朴でいいと思いつつ、自転車の鈴の音で避(よ)ける。ヘルメット帽の二人の女子中学生(JC)がおはようございますと、鈴より軽やかな声を掛けて追い抜いていった。爽(さわ)やかな笑顔に〈イイ娘さんになるんだよ、嬢ちゃん達〉と寅さんが投げかけそうな語を浮かべて、いや、彼はこんなヤラシイ言葉はしないかと打ち消し、ともあれ、笑顔は貰ったしマーフィさんは上手く転んでいるぞと頬を弛めているうちに病院に着いている。

 玄関前には数人の患者らしきがいた。囲まれるように看護師が扉を背にしている。ガムテープを持った手は背後の紙を貼ったところとみえた。紙には〈急な停電の為、休診させて貰います、申し訳ありませんがご了承下さい〉の手書き文字。

「薬だけでも出して貰いたいんだ」

「先生は聴診器を当てるだけだから処方箋(せん)は同じのを出せるだろ」

「車が故障でわざわざ自転車で遠くから来たんだ、何とかして下さいよ」に、おや、同じく車の故障者がいるもんだと思いながら口を挿(はさ)んだ「自家発電があるでしょ。それ使えば処方箋くらい取り出せるんじゃ無いの」。

 看護師は答えた「自家発電が起こせないんです。ポンプが動かないし業者さんに頼むにも電話は通じなくて。午後からの透析や手術迄に電気が戻ればいいのですが。情報は無いし、どうなってるか知りたいのはこっちですよ」。

 悲壮感を漂わす表情に診察は諦めて隣の薬局に向かった。馴染みの薬剤師に「臨時休診なんで薬を出して貰えませんかね。後で処方箋は持参するんで。何年も同じ薬だし、これで貰えませんか」と、お薬手帳を出すと「そうして差し上げたいのですが、業者管理なので開けられないんですよ」と先程の看護師にも似た困惑の表情で答えた。

 仕方なく帰宅の途についていると、又もチリンと鈴の音。  

傾きかけた運を取り戻すべく笑顔を作って振り返ると、JCとは真逆のむくつけき顔。モモジローだった。「何だブン、その顔は。にやけてる場合じゃないぞ。お前の所に行く途中だった。停電だろ」。

 返事を待たずにモモは続けた「金持ってるか」

「二万。借金か」

「そんな事態じゃない。近くのホームセンターは何時に開く」

「十時だが園芸専門の入り口からは七時には入れる」

「好都合(ラッキー)だ。行くぞ」と二人乗りで向かった。信号機は点滅してない。

「交通整理の警官がいないぞ、モモ。事故が起こるんじゃないか」

「走ってる車がいないだろ、どうだ」

「路肩駐車はいるが走行車はいない。どうした事だ」

「後で説明する。ライフラインの買い出しから先だ」。

 鹿児島で不測災害と言えば、南海トラフ地震か桜島大爆発が想定されるのだが、モモは防災セットを常備している用心派なのだ。自宅で兵士用の簡易浄水器を見せてくれ、非常食も一週間分はあると語ってたヤツが口走った「サバイバル」の語がピンとこないまま、ホームセンターに向かい、着くなり彼が言った。

「時間との勝負だ。金出せ。非常事態だ。サバイバル突入だ。車が動いてなかったろ。給水車も食糧救援車も来ない事態が続くと思え。水と食糧の確保からだ。お前ン家(チ)が子供入れて三世帯、俺と合わせて四世帯の生活備品を買うぞ。俺は十万ある。お前は家にいくらある」「七万あったと思う」

「俺が買う間に、自転車で戻って全額持って来い。帰りは一輪車で来るんだ。一台しか無いか」

「畑に地主のもある」

「二台で来れるか」

「忘れたか、俺がバイト時代に猫車のブンと言われてたのを」

「だったな。急ごう、早い者勝ちになる」。

 重ねた一輪車二台を押して戻ったのは十分後。がら空きのセンター駐車場の隅にモモはブルーシートを広げていた。「ここに集めてシートを被せる、いいな」。

小山の如く大量に買い集めた物は。大型紙函入りの飲料水、カセットコンロ、ガスボンベ、米、乾麺にパスタやラーメンに缶詰めなどの食糧類、ローソクにマッチ。大ポリバケツ四個など。

「常備薬はあるか」と訊かれて「据え置き薬箱がある」と答えると

「グッジョブ。それよりかお前の持病薬だ。病院で貰えなかったろ」

「溜(た)め置きが数か月分はある」

「飲み忘れたヤツだな。上出来だ。後は外傷だ」と言い残し、エアーサロンパスに傷テープまでヤツは仕入れてきた。

 簡単に購入できた訳では無い。停電の為にレジスターが機能してなかった。ヤツは算盤(そろばん)を買い、店員の前で計算して支払いしたらしい、俺は複写用紙を買い、そこに購入額を書き移して店員に確認させて支払いした。消費税が内税だったのは幸いし、カンパ用に溜めていた小銭、洗面器一杯程あったそいつで釣銭無しの支払いをすませ、パンとドリンクを口にすると昼をとっくに過ぎていた。

 午後からは荷物運びだった。「シートは被せてるし、運ぶ車も無い。盗られはしない」とのモモに同意した。が、一輪車にもシートを被せて秘かに運搬するというヤツの周到さには舌を巻いた。徒歩で往復十分のところを十五分かけ、十回近く往復した。「何を運んでるんですか」と訊いてくる人達には正直に答えた「水ボトルです」。「断水ですものね。大丈夫、間もなく停電は復旧しますよ」とか「断水が続くようだったら給水車がきますよ」が反応だった。ゴミ収集車が来ていない事に気づいていない彼らには「だといいですね」と答えるしかなかった。

 黙々と運んだ訳ではない、モモが立て続けに訊いてきた

「風呂水は溜めてるか」「いつもな」

「上出来だ。トイレ流しに必須だからな」「バーベキュー道具も持ってたな」「おう」

「着火剤と炭は」「少しある」

「買おう。塩はあるか」「判らん」「買おう」

「縫物道具は」「無い」「買う」

「懐中電灯は」「ある」「だが恐らく役立たずだ、愚問だった。石油ランプが必要だが、ガソリンスタンドが営業できない筈だ。念の為にカーバイトも買っとくか」

 夕方近くになると往来者が増えていた。自転車や徒歩で買い物に行くらしい人達に昼前と異なる緊迫感が見えたのは、車の異常に異変を感づいた為と思われた。

 思い出したように彼は質問を続けた「畑はどうなってる」

「玉ネギにニンニク、ソラマメが間もなく収穫。後の夏野菜の種は注文で届いている」

「必要になるのは澱粉質だ、芋類はどうなんだ」「薩摩芋は種芋を保存している」

「じゃが芋は」「無い。が、あの店に出ていたヤツは種芋として使える」

「買おう。でんぷん粉、小麦粉も忘れてた。追加だ」。

「ガスバーナーはあるか」と訊いてきたのは飲みながらだ。

「着火用の小型ならある。何に使う」

「雨水浄化用の活性炭を作る為だ。煮沸(しゃふつ)が出来なくなった時の予備だ」。

 飲酒とは不真面目のようだが、二人とも好き者だからしょうがない。この日、大胆と繊細さの両方を見せたモモは、二杯目になって本題を切りだした

「この全電力電波停止(ブラックアウト)をどう思う」。

「さっぱり解らん、全く情報が入らんのだからな。車や電子機器に電池も動かないのはただの停電で無い事だけは解る」

「携帯やパソコンで確かめようも無いから推測だが」

「聞かせてみろ、モモ」

「電磁波異常だ、〈空からの津波〉と言われる襲撃を受けた」

「空からの津波だと。何だそれは」

「電磁パルス。原因は二つ考えられる。一つは太陽フレアの大爆発」

「太陽フレアだと」

「小爆発を毎日起こしている太陽が何らかの理由で大爆発を起こした」

「もう一つは」

「電磁バルス攻撃だ。EMPと呼ばれる核攻撃を受けた」

「Jアラートはならなかったぞ」

「ミサイルは不要だ。気球を使って上空三十キロで核一個を爆破させれば西日本全域の電力網破壊だ、二個で日本全壊。高度百キロなら一発で済む」

「そんな大型核が」

「ノン。広島長崎型の三分の二の小型核で充分なんだ。気球での爆破なら少数のテロ集団(グループ)でも可能だ。爆発の熱線や衝撃波は地上に届かないし誰も気づかないうちに沈黙の攻撃で終了(アウト)だ」

「SFだろう、聞いた事も無い」

「軍事研究家の間では知られていた、自衛隊化学学校元校長も警告していたさ。五十年前の一九六二年、米国は高度四百の爆発で千三百キロ離れたハワイの停電を起こした。中露もEMPの配備と対策は完了していると考えられている。北は一昨年保有宣言してた」

「イージスとかの追撃ミサイルは機能せずか」

「何十発も来たら無力さ、一発でジエンドだからな。電子機器の破壊で空母もステルスもオスプレイもオモチャになった」

「先制攻撃しか無しか」

「無駄。アルミなどの特殊な格納倉庫で核を保管出来たら、後で持ち出しての報復は可能だ」「対策は無かったと」

「俺達の主張、核なき世界を一刻も速く作るべきだったのさ」

「電磁バルスによるものだとしたらどれくらいだ、復旧迄」

「復旧とは」

「電力」

「日本全土が被害に遭ってたら数年」

「数年での被害は」

「一年内に九割が死亡」

「嘘だろ」

「米国試算だ。火災、食糧不足、疫病蔓延(まんえん)等による。それより電源喪失による川内原発のメルトダウン、放射能漏れが起きたら風向き次第ではここも危ないぞ。情報はないからそれこそ運は風任せとなる。最終的には、だ」

「何だ」

「本土以外で被害に遭ってないと推測される沖縄、そこからの支援次第だな、復旧は。沖縄も判らんが」

 酔えなかった。モモも酔う事無く淡々と自説を述べていた。ヤツは繰り返した「大騒ぎは無駄だ。パニックを招いての無法化こそが怖い」。

 翌日、スコップと鍬を持ってモモはやってきた。そして午前はポリタンクの追加四個に食糧と飲料水、チリ紙、消臭除菌剤などの買出しに往復した。客は購入制限の貼られた物品前に列をなしていた。午後からは庭に別個に穴を掘る。深さ一米を超す穴は排泄用と生ごみ用。排泄用はシートで囲い、生ごみは堆肥用に。

「自分ところの対策はしないのか」と途中でモモに訊いた。「食糧が切れたら夫婦でここに来る、十日程先かな.防犯対策には大家族がいい。部屋はあるだろ」「四家族の部屋はある」、と無表情で答えたのは聞いたモモが無表情だったから。続けて訊いてきた「冷蔵庫も冷凍庫も満タンだと言ったな」「一人なら半月は暮らせる」「電気無しで二日経ったからそろそろヤバイぞ。明日燻製にしよう」。

 翌日。来るなり訊いた「子供家族からの連絡は」「無し」

「逞(たくま)しいな。有り金は探したか」「三千円程だった」

「合わせて六千だな。相談せずに悪かったが掘り出し物を見つけて買ってきた。立て網だ。深さ二米で幅五十だ。食糧が尽きたら皆で漁港傍のお前の別宅に移動だ。ヒーリングハウスではこの立て網が命綱になると思ったのさ」。

 三日目の買出しに出ると、水や食糧は何一つ無かった。干し籠網十個とチリ紙にパンク修理キット、これは別宅でのゴムボート補修にも必要だと十組買い、全額を使い果たして帰宅後、炭に着火する。火力を上げたのは活性炭用、普通に熾(おこ)した炭では燻製を。火が熾(お)きるまでに冷蔵冷凍庫の中身を仕分けした。火を通さずに干し籠網に入れる食品は、風が通るように詰め込み過ぎない配慮もした。肉の加工にもモモは慎重さを見せた。全部を燻製で無く、塩漬けも作って保険をかけようとの提案に同意する。

 コンロの真向かいで肉を綿棒で叩いて伸ばした後、大量の塩を擦(す)り込みながらヤツが振り向いて訊いた「火は熾(お)きたか」

「ああ。だが火力が強いと肉を焦がしちまう。熾火になってからだ」

「さすが元山男だな。ブンお前、危険な昆虫とかの本を持ってたよな」

「おう、食べられる山野草の類(たぐい)もな」

「よろし。今からは知力が生存に必要な道具(アイテム)となるかもな。〈知は力なり〉はベーコンだったかね」

「そう。偉大な経験論哲学の祖は、鶏の保存を雪中でやった実験の為に病死した」。  

 微かな笑い声だったのは、煙を避けるべくヤツが後向きになったからだ。後姿に再び声を掛ける「こんな過酷事態をよ、一発逆転する術(すべ)は無いものかね。台風一過の碧空みたいな」

「あるさ。簡単だわ」

「何だ」

「現実で無くこれは悪夢だと思うのよ。唯心論の得意技だろ」

「三日目だぞ。そんなに続く夢なんてあるものか」

「あるさ。一炊の夢、若(も)しくは邯鄲の夢だ。一生の栄枯盛衰の出来事、それは一炊が出来上がる迄の僅(わず)かな時間の夢だったという話だ」

「故事かよ。夢だったらいいのにな」と返して、モモの煙に揺れる背中を見つめる。背中に木蓮の花びらが音もなく落ち続けている

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