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秘蔵酒でなく秘造酒


酒なら何でもの根っから左党である。半世紀に及ぶ酒歴のスタートは大学山岳部に入ってからだった。断っておきますが合宿の山に酒は持ち込みません、危険防止が理由です。退部後に独学で学んだ思想家にキルケゴールがいた。実存主義の祖と言われる人であるが、彼の著「人生行路の諸段階」の中で「酒中に真あり」というのを見つけてこれだと思った、「酒こそが真実を教える」のだと。それからは一層、酒を友とするようになり「下戸の建てた蔵はない」を座右の銘とした。為か、酒に関する金言、箴言は耳にタコができる程聞かされた。一つあげる。何故飲むか「それは一杯めは健康の為、二杯目は喜びの為、三杯目は心地よさの為」ときて、四杯目をご存じか? 愚かさの為と続くのだ。が、「なんの。酒と産に懲りた者はおらん」と返しては呑み続けましたね。以来五十年、人様に酒で迷惑をかけた事は無い〈あるかも知れないが酔っていて覚えがない〉。亡き妻には迷惑をかけた〈と思う〉。愛想尽かしをしたのか五年前に霊山に先に登ってしまったので、再会の暁には謝ろうと思っています。独り暮らしとなり、酒の失敗には用心していたつもり。〈金の失敗はない、大金など持ってないので。〉が、やらかした。一年と少し前、誕生祝いに息子達が祝ってくれた時、飲みすぎたのである。飲み放題という嬉しさにイヤシイ本領を発揮してしまい、独り帰宅後に冷蔵庫と喧嘩して頭突きをかまして額を割り、出血が止まらなくなった。片方壊れたメガネのまま救急車に来て貰い病院に運び込まれた。痛みを感じないヨッパライは担架で運びこまれた手術室で、よせばいいのにホラ吹きましたね「いやあ、いい経験しましたわ。アタシゃモノ書きですからこれはいいネタとしてモノにしますよ」と。担当医は呆れた事だろう、黙らせんばかりとホッチキスの針がバシバシバシと額に打ちこまれたのだった。

懲りない私への訪問者の手土産ときたら必ず焼酎である。それが溜まりに溜まって百本を超えてしまった。一升瓶や化粧ビンのそれらの中にはいわゆる「幻の酒」もある。おいそれと飲めやしない。開栓はいつするかと考えた。自分の告別式の振る舞い酒にするか、しかし、その場で旨いと悦ぶ客はいないだろう。思案の結果、結論が出た。秘蔵しても仕方ない、客人のお土産に持たして返そうと。工夫して秘造酒を編み出したのである。勿体ぶって、瓶には秘造酒効能のラベルまで貼った。「〇毛細血管修復による新陳代謝促進〇抗酸化作用による老化防止〇動脈硬化と血栓予防〇糖尿病、高血圧のリスク軽減に効能あり」と。最後迄読んで戴いた読者様には銘酒の製造法を特別にお教えしますね。焼酎に乾燥ケセン〈ニッキ〉の木の根、又は樹皮と、黍砂糖を漬け込むだけです。数か月でバイオレット色にして高貴な香りのケセン焼酎が出来ます。披露したからは秘造酒とはもはや言えないか

   --3/28日 南九州新聞掲載

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