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小山内美恵子氏を称える

還暦後 ヨルダンの難民キャンプへ飛んだ

人生100年時代といわれる昨今だが、「終活なんてまだまだ早い!人生は還暦から!」(ヨシモトブックス)という本を上梓した著者・小山内美江子さんは88歳。「3年B組金八先生」のシナリオライターとして広く知られているが、60歳の時に海外でボランティア活動を開始。11月にもカンボジアに行くなど意気軒高だ。さまざまなニュースに触れるたびに、今の日本に「待った」をかけたくなることもしばしばある、という。その思いを聞いた。   ――「還暦後の生き方を本気で考えてみる必要があるのでは」と本の中で書かれていますが、60歳でボランティア活動を始めたきっかけは何だったのですか。  還暦を迎えた1990年に介護をしていた母を亡くしました。息子はすでに独立。私の第二の人生は「自分の時間とお金は自分のために使う」と決めました。この先、今までやれなかったことをやろうと。その矢先に湾岸戦争が起こり、イラクから命からがら逃げてきた人々が集まるヨルダンの難民キャンプのことを知って現地に飛び、それが海外ボランティアの第一歩でした。

 ――湾岸戦争では130億ドル(約1兆7000億円)の巨額の資金を出したのに、「日本はカネは出すが血も汗も流さない」「日本人の顔が見えない」とバッシングされました。  日本は憲法で、武器を持ち、海外に出て戦うことを禁じられている。代わりに資金面で貢献した。それでもバッシングを浴び、「誰の血も流すのはイヤだが、汗なら流せる」「日本人の顔を見てもらいたい」という気持ちでヨルダンへ行ったのです。   ――それが88歳になってもカンボジアやネパールなどで学校をつくる活動につながっているわけですね。  代表理事を務める「JHP・学校をつくる会」は今年で節目の25周年を迎えました。学生ボランティアなどと一緒にカンボジアやネパールなどで約400校の学校をつくりました。そうした活動が人生を豊かにしてくれています。芸能界にもどんどん支援の輪が広がり、25周年記念の集まりには女優の藤原紀香さんやバイオリニストの天満敦子さんも参加してくれました。

新しいチャレンジに年齢は関係ない   ――いろいろな方の支援、協力があるわけですね。  60歳の時に1部上場企業の社長をキッパリと辞めて退職された方が会の理事を務めています。夫婦2人が食べられればいいと、それからずっと無給で会の活動を手伝っています。76歳ですが、我が道を行くという感じです。年齢は関係ない。人はいくつになっても学ぶこと、得ることはたくさんあります。新しいチャレンジを恐れることはありません。   ――戦争を経験され、海外でボランティア活動をされている小山内さんの目には、今の日本はどう映っていますか? 安倍内閣になってから集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、日米合同で離島上陸訓練も行われている。特に最近は憲法改正が盛んに取り沙汰されていますが……

 戦争が終わって新しい憲法ができたときに本当に感動しました。二度と戦争をしなくていい、人を殺さなくていい、殺されなくていいのだと。それが今は世の中が戦争に向かっています。私の兄も2年前に亡くなりましたが、(戦争を知る)私たちの世代もいずれは死んでいく。だからこそ私たち生きている人間が言わなければいけない。生きていれば、アンネ・フランクや沖縄戦で亡くなったひめゆりの塔の女子学生は私と同じ年齢です。過去を将来に生かせるのは人間だけです。   ――戦争放棄した「憲法9条を世界遺産に」ということも書かれていますね。  それはスペインの方からそう言われました。ヨルダンでもボランティア活動をしたときには、現地の中尉の方が「日本国憲法は9条を持っていることが素晴らしい」と力説していました。日本国憲法は海外からも高く評価されています。9条は絶対に改正してはいけません。

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