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岸井成格氏を悼むーリテラ5/17


 毎日新聞元主筆でジャーナリストの岸井成格氏が、15日に肺腺がんで死去した。73歳だった。岸井氏は2017年10月に、コメンテーターとして出演していた『サンデーモーニング』(TBS)においてがんを患い入院治療をおこなっていたことを明かし、昨年12月3日放送分を最後に同番組を休んでいた。

 だが、やはり岸井氏といえば、2013年4月からアンカーを務めた『NEWS23』(TBS)での、安倍政権を毅然と批判する“忖度しない”姿が記憶に残っている人も多いだろう。そして、『報道ステーション』(テレビ朝日)の古舘伊知郎や『クローズアップ現代』(NHK)の国谷裕子がキャスターを降板したのと同じ2016年3月をもって、岸井氏は膳場貴子キャスターとともに降板した。

 この一連の降板劇の背景にあったのは、言うまでもなく安倍政権からの圧力だった。メディアに睨みをきかせ、不都合な報道をおこなう番組には圧力をかける──これは安倍政権の常套だが、じつは官邸は、番組スタート時から、岸井氏に接近していた。

 2016年6 月に発売された、慶應義塾大学の法哲学ゼミで同期だったという佐高信との対談本『偽りの保守・安倍晋三の正体』(講談社)で、岸井氏はこう語っている。

「「NEWS23」を始めてすぐの頃だと思う。安倍首相から官邸に来てくれと言われて、その時、菅とも顔を合わせた。安倍から「その節はお世話になりました」と挨拶されたんだけど、後で首相番連中が言うには、「岸井さん、あれはまずかった。どっちが総理かわからないですよ」と。私の態度がでかすぎたらしい(笑)」

 安倍首相が口にした「その節はお世話になりました」という言葉の意味は、岸井氏が晋三の父・安倍晋太郎の担当をしていたときのことを指しているらしい。岸井氏は「私は安倍のおやじさんの晋太郎には非常に可愛がってもらって、ある意味で逆指名的に私が彼を担当しているようなところがあった」と語っているが、外遊の同行では晋太郎の秘書を務めていた晋三と一緒だったという。

 だが、岸井氏は安倍首相の政策にはっきりと異を唱えた。

政権批判する岸井成格に、圧力をかけ続けた安倍政権

 なかでも2013年11月に特定秘密保護法案に反対する集会で呼びかけ人のひとりとなり、番組でも同法案を批判的に取り上げた。父・晋太郎との関係も深い「保守派」の人物だと認識していた安倍官邸は、この岸井氏の姿勢に激怒していたともいわれている。2014年12月には、安倍首相が『NEWS23』に生出演した際、街頭インタビューのVTRに「厳しい意見を意図的に選んでいる」と難癖をつけ、その後、自民党が在京テレビキー局に「報道圧力」文書を送りつけるという問題も起きた。

 こうしたなかで、岸井氏にはこんな出来事があった。岸井氏は企業の幹部に話をするという勉強会を長くつづけていたのだが、その場に菅義偉官房長官が突然、やってきたというのだ。

「(菅官房長官は)黙って来た。誰かから聞いて知ったんだろう。最初から最後までいたよ。終わると「今日はいい話を聞かせていただいて、ありがとうございました」と言って帰っていった。怖いよな」 「「どこで何を話しているか、全部知っていますよ」ということを見せているわけだ。「人脈も把握しています。岸井さんが動いているところにはいつでも入っていけますよ」というメッセージかもしれない」(前出『偽りの保守・安倍晋三の正体』より)

 報道番組のアンカーに、陰に陽にプレッシャーをかける。しかし、だからといって岸井氏の舌鋒は鈍らなかった。それどころか、安保法制では問題点をあぶり出し、2015年9月にはアーミテージ国務副長官のインタビューに成功。アーミテージはこのとき、安保法制は“自衛隊が米軍のために命を賭けると初めて約束”するものだとし、“アメリカ軍のために役立ってほしい”と述べた。つまり、安倍政権による「日本の安全のため」「歯止めがかかっている」という説明が嘘であることを番組はあきらかにしたのだ。

 当然、この放送内容に官邸は過剰に反応した。岸井氏も「官邸の中の情報だと、彼らがいちばん怖じ気をふるった」のは、アーミテージのインタビューだったと語っている。

 その上、岸井氏は、安保法制が参院特別委員会で強行採決される前日の9月16日放送で、「安保法案は憲法違反であり、メディアとしても廃案に向けて声をずっと上げつづけるべきだ」と力強く主張した。

 もちろん、官邸はこうした態度を変えない岸井氏に怒り心頭。政治部を通じて「岸井をなんとかしろ」という声をTBS幹部に再三届けてきたといわれている。

 そして、岸井氏の番組降板の引き金となった事件が2015年11月に起こる。

安倍親衛隊「視聴者の会」が意見広告で、岸井成格を攻撃

 岸井氏を個人攻撃する「放送法遵守を求める視聴者の会」による意見広告が産経・読売新聞に掲載されたのだ。この意見広告では、岸井氏の「安保法案は憲法違反であり、メディアとしても廃案に向けて声をずっと上げつづけるべきだ」という発言を取り上げ、〈岸井氏の発言は、この放送法第四条の規定に対する重大な違法行為〉と攻撃したのである。

 本サイトでは何度も追及をおこなってきたが、この「放送法遵守を求める視聴者の会」は安倍親衛隊による団体で、あきらかに“安倍首相の別働隊”と言うべきもの。この意見広告にTBSは震え上がり、上層部が内々に岸井氏の降板を決めたのだ。

 岸井氏はこの放送圧力団体による攻撃について、佐高氏との対談でこう振り返っている。

「あの広告の呼びかけ人はほとんどが安倍首相の応援団で、七人のうち四人は安倍に個人献金をしている。広告を見たとき、怖くて不気味だという思いと同時に、官邸および政府与党は本気で言論弾圧をする気なんだと改めて思ったね。報道をめぐる不自由はここまできたのか、というのがいちばん近い印象だな」

『NEWS23』のアンカーを降板したあとも、岸井氏は『サンデーモーニング』でも共謀罪法案など、安倍政権の強権政治に対して果敢に批判をつづけた。このように、政権からの言論弾圧に怯むことのなかった岸井氏だが、そうしたジャーナリズム精神を砕いたのは、政権の顔色を伺うテレビ局上層部だったのである。

『NEWS23』アンカーとしての最後の出演となった放送で、岸井氏はこう述べていた。

「報道は変化に敏感であると同時に、やっぱり極端な見方に偏らないで、そして世の中や人間としての良識・常識を信じて、それを基本にする。そして何よりも真実を伝えて、権力を監視する。そういうジャーナリズムの姿勢を貫くとうことがますます重要になってきているなと感じています」

「真実を伝えて、権力を監視する」──。岸井氏の“遺言”を、報道に携わる人間は重く受け止めなくてはないらない。

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