サイコ⑮ーより深い心理学⓳
思春期失調症候群とは
思春期という発達段階(ライフサイクル)に、乗り越えなければならない課題をうまく消化して乗り越えることが出来ず、精神や身体に失調を来し、不登校、引きこもり、アパシー、行為障害(非行)、家庭内暴力、摂食障害、リストカット、身体醜形障害、境界性パーソナリティ障害など一連の症状を示すものを思春期失調症候群と呼ぶ。
既に思春期挫折症候群という病名はあるが、それは思春期において学力低下や虐待、家庭問題や失恋や友人関係のトラブルなどによって自尊心や自己愛が傷つくような挫折体験をきっかけにして起こる神経症様症状や逸脱行動、思考障害、意欲障害などをいう。思春期失調症候群は、そのような明確な挫折体験がなくても類似した症状を呈するという概念で、より広範囲な思春期の精神失調をさすものである。
思春期は、身体的には第二次性徴期で成人へ成熟する過程で急激な身体の変化とホルモン代謝機能のバランスを崩した不安定な状況にあり、精神的にも大人社会に向かうための自我が成長する過程で不安定な心理状態にある。この時期に順調な発達を遂げられずにつまずくと、頭痛、腹痛などの心身症、うつ病のような抑うつ感、活動性の低下がおこり、「生きる意味が分からない」「自分は存在する価値がない」など自己肯定ができない無力感に陥ったり、離人症、被害念慮、被注察感など初期統合失調症のような諸症状が現れるようになる。
思春期失調症候群を引き起こす成因
自己の障害
「自分は何を感じているのか」「自分はどうしたらいいのか」「どう人と関わればいいのか」「どの様に問題を解決すればいいのか」「問題は何なのかさえわからない」というのが思春期失調に陥っている若者たちの心理的な特徴である。さらには、「生きる意味が分からない」「自分は存在する価値がない」などまで混沌とした感情に陥っていく。そのため、コミュニケーション障害を来たし、「自分そのものが分からない」「生き方そのものが分からない」状態になり、自分で感じたり考えたり、こころ中心にある自己が機能しなくなっていると言うこともできる。このような状態を「自己の障害」と呼ぶ。
発達段階(ライフサイクル)での問題
思春期失調症の要因は成長するまでの各ライフサイクルでのつまづきにある。乳児期では基本的な信頼感を獲得できない、幼児期では自律性や自主性など自分をコントロールする能力を習得できない、思春期では自分のアイデンティティが確立できないという、3つの大きな問題があげられる。
①乳児期(0歳から2歳)
母親に愛されることにより、他人も自分も信じられるという「基本的信頼」を獲得し、自尊心が生まれる時期。
「基本的信頼」を獲得する時期は、人生の最初で将来を決定づけると言える程もっとも大事なサイクルである。「基本的信頼」とは、人を信じることができるようになることで、自分自身も信じることができるようになること。自分を信じることができれば、生きて行く自信がつき、自分の存在にも誇りが持てるようになり、自尊心が生まれる。この根本的な意識を持てないと、自我を主張しながら普通に生きて行くのが難しくなる。
基本的信頼が形成されるために重要なことは、母親から無条件な愛情を受けることであり、母親の子供に対する「没頭愛」によって子供も母親に全幅の信頼を持って依存することができる。さらに、母への「愛着」を持つことができるようになる。この母子の関係性が基本的信頼を醸成するのである。人の成長には、母親、或いは、母親に代わる人が必要なのである。
②幼児期(2~4歳)
愛されながら自信をはぐくみ、「自律性」を身につける時期。
この時期に乗り越えるべき重要な課題は「自律性」の獲得である。自律とは自分を律すること、自分をコントロールする力のことで、乳幼児期に自信が育っていないと得られない。そして、自信は乳児期の基本的信頼が獲得できていないと生まれないので、自律性は基本的信頼の延長上にあるといえる。それゆえ、乳児期に自信が持てなかった子供に、セルフコントロールや自律性を習得させるのは極めて難しいのである。
幼児期の子供は、今まですべてを母親にやってもらっていた事を自分自身でやろうとし、母親の言う通りにはしようとせず、ぐずったり、駄々をこねたり、口答えをしたり、憎まれ口をたたいたり抵抗する。これが、第一反抗期であり、3-4歳の憎まれ口は母親をイライラさせたり不安にさせたりするが、子供が自律性を身に着ける大切な過程である。母親自身も不安を乗り越え、子供の成長に伴う危険を見守りながら育児に当ることが、子供の自律を達成させる鍵である。 第一反抗期を示さず自律性を習得しないと、思春期の自立(第二反抗期)にアイデンディティの確立も困難となり、次には不登校、家庭内暴力、リストカット、摂食障害等の思春期失調症状を招きやすくなる。 家庭内に秩序が欠如して社会の秩序と大きく食い違った環境にいる場合、子供の衝動を抑える「超自我」は混乱し、形成不全を起こす。子供にとって最初の超自我モデルは父親であり、子供は母親をとおして父親のイメージ像を作り上げる。このため、母親は父親の「尊敬と畏怖」「寛容と厳格」の両面を教えなければならない。子供はこの二律背反する感覚を吸収することで自分の衝動の統御と解放のバランスを学ぶことができるようになる。従って、父親の存在が希薄であると超自我形成には大きなひずみが生まれ、自律の阻害要因になりやすい。
同時に、自律は対人関係の基盤となるものである。人間は他者の存在をしっかり実感し、認めることで、その後の社会的人格を形成していく。自律とは他者と調和がとれることを意味し、対人関係を作る重要な要素となる。様々な研究結果によると、いじめっ子は親子関係に問題がある場合が多いという。幼児期には母親を信じて依存でき、親子で喜びや悲しみを共有できるコミュニケーション(共調関係)が持てれば、いじめっ子になる確率は低いとされている。 また、将来の課題となる、不登校、家庭内暴力、リストカットなどの問題行動や適応障害などの症状は、乳幼時期に基本的信頼や共感性、自律性が獲得できていない場合に発症する可能性が高いとも言われている。
③思春期青年期(13~22歳)
仲間を鏡にして自分を見出し、アイデンディティの確立を図る時期
思春期青年期は、個人的な関係性から社会的な関係性に入っていくための準備期間である。つまり、思春期は「自分はこういう人間だということを認識すること」、「自分を理解し、自分自身を客観的な目で見られるということ」、「自分が他人にどう映っているかを意識すること」であり、社会の中での自己意識が高まって来る。学童期までは何事も主観的に考えるので、他人の目も気にせず、自分は自分が考えるイメージ通りの人間だと思っている。しかし、この頃になると、自分は自分が思った通りの人間ではないと気付きだし、他人の発言で客観的に自分が見えてくるようになると、友人など周りの反応を見ながら自己認識や自己洞察ができる能力が身に付く。自分の適正も自覚し、社会的役割が見えてくることによって、自己アイデンディティ(同一性)が固まっていく。この過程で親離れに入るのだが、それは親から完全に離脱する意味ではない。親との距離を適度に取りながら仲間たちの付き合いの中で自分を見出していくのが健全な成長といえる。この過程が無いと不安定なままの20代になり、アイデンディティの拡散や混乱を来すのである。
アイデンディティが確立できずに自我が脆弱であると、社会的な共同体への参入を忌避して、不登校、引きこもり、アパシー、モラトリアムやニートなどになり、自己防衛をする。或いは、摂食障害、自傷、行為障害(非行)、身体醜形障害の形で社会生活への拒否を合理化しようとするのではないかと思われる。
思春期失調症候群の治療について
こころの失調とは、パーソナリティ、身体的・心理的社会環境、出来事の各々がポジティブにもネガティブ にも影響しあって相互作用し、結果としてバランスを失う精神状態のことである。さらには、その精神状態が逆にフィードバックしてパーソナリティ、身体的・心理的社会環境、出来事へと影響する複雑系を形成する。この3つの要素の中のどれに比重がかかっているのかによって病気や失調の構造が決まり、診断はその比重の判断をすることである。
心身は一体であり、それらは交感神経と副交感神経という自律神経で統合され影響しあっていると考えられる。こころを強くすることと身体を強くすることは、自律神経を介して相乗的に働く。人はストレスを受けると交感神経が刺激されイライラして怒りっぽくなり、怒り、不安、怯え、恨み、傲慢、軽蔑、罪悪感などネガティブな感情になる。また、身体的には血圧が上がり免疫力が低下して活性酸素が産生され、あらゆる病気にかかりやすくなる。 逆にポジティブな感情を持つようにすれば副交感神経が優位に働き、身体的にも免疫力が上がって健康が維持されるのである。
ポジティブな気持ちにするためには、自律統合性機能主義(AIF)の理論に基づいた独自の心理精神療法であるマインドフルネスレジリエンス療法MBRTが、身体的免疫力を強化するためにはレジリエント(回復力)を上げるレジリエント生活・食事療法が効果を発揮すると考えられる
次回は、この思春期失調症候群に用いられる心理療法の一つして「マインドフルネスレジリエンス療法」について紹介したいと思います。