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コスタリカ国の平和主義ーー毎日11/27


 「『9条の碑? そんなものがあるのか』と、半信半疑で見に行きました。すると、あったのです」。伊藤さんは西アフリカ沖のスペイン領カナリア諸島にある憲法9条の碑の話から切り出した。

 同諸島はモロッコの西に浮かぶ七つの島からなるリゾート地だ。その一つ、グランカナリア島に2006年末、伊藤さんは降り立った。幹線道路沿いに「ヒロシマ・ナガサキ広場」と名付けられた広場があり、畳1枚ほどの大きさの白いタイルの碑を見ると、青い文字でスペイン語に訳された憲法9条の条文が書かれていた。

 なぜ、ここに碑があるのか。伊藤さんが取材すると--。

1996年、空港と市街地を結ぶ高速道路の設計時、遊閑地ができた。市長がその土地を平和を考える場にと考え、象徴として憲法9条の碑を置いたのだという。

 「もちろん市長の独断ではありません。すごいと感じたのは、議会に提案し、全会一致で設置が決まったことです。

9条の碑はトルコにもあります。日本では改憲が語られますが、世界には憲法9条を欲している人たちがいるのです

 17日の所信表明演説で安倍首相はこう述べた。「わが国を取り巻く安全保障環境は戦後、最も厳しいと言っても過言ではない」。隣国の北朝鮮は、核実験やミサイル発射の実験を繰り返している。日本の平和憲法は非現実的なのか。

 伊藤さんは「中米のコスタリカは憲法に常備軍の放棄を掲げました。49年のことです。日本よりも厳しい安全保障環境にありながら『平和ブランド』を維持する努力を今も続けています」

コスタリカを伊藤さんが初めて訪れたのは80年代だった。当時、中米はニカラグア、グアテマラなどが内戦を続け、コスタリカの安全保障環境は悪化していた。特に隣国のニカラグア政府は、米国の支援を受けた右派ゲリラ「コントラ」と内戦を繰り広げて、コスタリカも巻き込まれる恐れがあった。どちらも敵に回したくないコスタリカは「積極的永世非武装中立宣言」を行い、難局を乗り切った。

 「コスタリカの警察組織は軍並みに武装しているという話が日本で語られますが、とんでもありません。沿岸警備隊だってボートのような哨戒艇1隻があるだけ。もちろん戦車1両もなく、とても軍と呼べるレベルではありません」

 コスタリカは人口500万人に満たない国だ。ニカラグアとは今も国境問題を抱えるが、国内に100万人ともいわれるニカラグア難民への排斥運動は起きない。

 伊藤さんには、コスタリカで強く印象に残る出来事があった。地方の町で道を歩いていた女子高生に「平和憲法では、侵略されたらあなたは殺されるかもしれない」と質問した時のことだ。女子高生は、自分の国が世界平和のために何をしてきたかを具体的に語り「この国を攻めるような国があれば世界が放っておかない。私は歴代の政府が世界の平和に貢献してきた努力や、自分がコスタリカ人であることを誇りに思う」と答えた。

 伊藤さんの解説が続く。「かつて国家予算の3割を占めた軍事費を国民の教育へと回した結果、コスタリカは中米の教育大国になりました。周辺国に対話の重要性を訴え『平和の輸出』を行い、エルサルバドルなど3国の紛争を終結に導きました。その貢献に対し87年に当時のアリアス大統領がノーベル平和賞を受賞した。これが本当の『積極的平和主義』なのです」

核兵器禁止条約が今年7月、122カ国の賛成で採択されたが、日本は米国の「核の傘」の下にいることから不参加だった。実はこの条約をまとめたエイレン・ホワイト議長はコスタリカ出身だ。

 採択前の今年4月、ホワイト議長は長崎を訪れ、被爆者と会っている。条約の前文にはこう書かれている。「核兵器使用の被害者(ヒバクシャ)の受け入れ難い苦しみと被害に留意する」。伊藤さんは「ホワイト議長はその経験が条約に織り込まれていることを明かしています。小国の人々が平和の努力を続けているのに、日本がなぜできないでしょう」。

80年代に米レーガン政権は、コスタリカ国内に飛行場建設を求めた。ニカラグアの「コントラ」が使えるようにするためだ。しかし、コスタリカのモンヘ大統領(当時)は拒絶している。

 「平和」に関するこんな出来事も。03年のイラク戦争の際、パチェコ大統領(当時)は米ブッシュ政権への支持表明に署名した。これに一人の学生が違憲訴訟を起こして勝訴。米政府のホームページの有志連合リストからコスタリカを削除させた。政府が憲法の精神に反する行動を取れば、国民が立ち上がり、司法が機能した一例だ。

ほかにも、9条の精神を生かそうとしている国がある。南米ボリビアのモラレス大統領は07年に来日した時、第1次安倍政権時の安倍首相と会談し、「戦争放棄」を盛り込む新憲法の制定を目指すと表明。実際に同国は09年、紛争を解決する手段として戦争を放棄する新憲法を施行した。だが、安倍首相はその憲法の変更に意欲的だ。

 伊藤さんは「日本国憲法はたんすの奥にただしまってある高価な着物のようなものです。コスタリカのように憲法を積極的に使うべきです。使っていないからいらないという発想になるのです」。

トランプ米大統領の来日について、安倍首相は「揺るぎない絆を世界に示した」と述べた。だが、米紙ワシントン・ポスト(電子版)は首相を「トランプの忠実な助手」と表現した。従属だけでは、9条の精神は生かされない。

 どうすれば憲法を活用できるのか。「国民の過半数は必要ありません。15%の人が変われば、世の中が動きます」。確かに今回の衆院選で自民党の比例代表での絶対得票率(有権者総数に占める得票の割合)は18%に満たない。伊藤さんは続けた。「コスタリカのあいさつで掛け合う言葉は『プーラ・ビーダ』。スペイン語で『純粋な人生』『清らかな生き方』という意味です。真の積極的平和主義を哲学とし、ラテン系の明るいノリで行けば、私はこの国も変われると楽観しています」。そう信じたい。

いとう・ちひろ

 1949年、山口県下関市生まれ。東京大法学部卒業後、朝日新聞社入社。サンパウロ、バルセロナ、ロサンゼルスの各支局長を務めた。2014年に退社。これまでに81カ国を取材。現在は「コスタリカ平和の会」共同代表。近著に「凜とした小国」(新日本出版社)。

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