菅話法ーー「絶望」を中断して
安倍首相の秘書役・菅官房長官の記者会見が注目を集めている。次々と起きる疑惑について質問する記者たちを、独特の弁舌で切り返していく。大人力コラムニスト・石原壮一郎氏が「菅話法」のコツに迫る。
* * * 感心していいのか呆れていいのかわかりませんが、菅義偉(すがよしひで)官房長官の「まったく答える気がない話法」に、ますます磨きがかかっています。森友問題や加計学園問題をはじめ、政府や安倍首相にとって「都合の悪いこと」をいくら追求されても、いつもの調子で話の本質をずらし、徹底的にとぼけ続けました。好き嫌いはさておき、自分の仕事をまっとうするプロの技ではあります。
話は変わるようでつながりますけど、このところ『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一&菊池良・著、宝島社)という本が大きな話題になっています。三島由紀夫や太宰治から星野源、迷惑メールまで、いろんな人の文体を模写してカップ焼きそばの作り方を説明するというもの。村上春樹は「完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」なんて書いています。
7月12日付の東京新聞では、文芸評論家の斎藤美奈子さんが連載「本音のコラム」の中で、この秀逸なパロディ本を取り上げて見事なパロディを展開しました。まずは安倍首相が「それをですね、それをなにかわたくしが、まるでかやくを入れていないというようなですね、イメージ操作をなさる。いいですか、みなさん、こんな焼きそばに負けるわけにはいかないんですよ」などと熱弁をふるいます。
続いて菅官房長官が登場。記者が「もしも総理がカップ焼きそばを作ったらという点について伺いたいのですが」と尋ねると「仮定の質問にはお答えできません」と返します。さらに「総理は焼きそばに負けないといっています」と記者が聞けば「まったく問題ありません」。めげずに「ですが、焼きそばは食べ物です」と食い下がっても「その指摘は当たりません」。妄想上のやり取りですが、妙にリアリティがあります。
菅官房長官がよく使うフレーズとしては、ほかにも「法令に則って粛々と進めてまいります」「個別の事案についてお答えすることは差し控えたいと思います」「言っている意味がよくわからないというのが率直な印象です」などがあります。
私たち一般人も、いつどんな場面で「都合の悪いこと」を追求されるかわかりません。イザというときのためにその手法を会得しておきたいところ。大人としての武器を増やすべく、会社生活や日常生活の中で、菅話法をどう使えばいいかを考えてみましょう。
仕事でミスをして、上司に「先方が怒って取り引きを打ち切ってきたら、どうするつもりだ!」と言われたら、すかさず「仮定の質問にはお答えできません」と返したいところ。「どうしてこうなったか、説明してみろ!」と聞かれたときには「個別の事案についてお答えすることは差し控えたいと思います」がピッタリです。無表情の中に時おり人を小ばかにしたような表情を漂わせれば、さらに菅官房長官っぽくなるでしょう。
悪事が妻にバレて、いきなり「浮気してるでしょ!」と詰め寄られたときには、「その指摘は当たりません」「言っている意味がよくわからないというのが率直な感想です」の合わせ技で。「そんなことしていいと思ってんの!」と怒られたら、シレッとした口調で「まったく問題ありません」と返せば、一瞬だけ相手をひるませることができるでしょう。
上司に「お前なんかクビだ!」と言われたり、妻に離婚を言い渡されたりしても大丈夫。「法令に則って粛々と進めてまいります」と言えば、実際はともかく、何となく自分が優位に立ったような錯覚を覚えることができます。上司のクビ宣告の場合、法律上はそんなことはできませんから、「も、もしかして総務部や労基署とかにチクるつもりかな……」と勝手にビビってくれるかもしれません。
こうして具体的な場面に当てはめてみると、菅話法を繰り出せば繰り出すほど、なおさら相手を怒らせて事態が悪化しそうです。そもそも、こうしたことを平気で口にできる面の皮の厚さは、ほとんどの人にはありません。人としての羞恥心や誠実さなど、いろんなものを捨てないと言えないセリフだし、取れない態度です。よっぽどの場面では使う覚悟を固めつつ、日常的に難なくこなしている菅官房長官にあらためて感心しましょう。
【こんなの読んだら、ますます絶望するって?ーー申し訳ない。橋】