ヒプノ 鹿児島
白幻記② 〈譲)編
1
猛兄ぃちゃんのヤツ、屁ヒリ虫(亀虫)を知らなかったなんて。ヘヘ、ヘヘッ。
右手に重箱を、左手に亀虫を入れた壜を持ち、母と一緒に浜へと下りながら、引いては寄せ返す波のように湧き起こる笑いを譲は堪えることができなかった。
浜には先に着いた人々が筵を広げて座を構え、渚では子供達が水と戯れていた。
春先の浜下り行事は子供達にとって親が一日中遊んでくれる楽しみの遊び日だけでなく、大人達にとってもきついキビ刈りの合間の休息日になるのだった。
前日、母は浜下り白飯を炊き、塩漬けにしておいた豚肉に切干大根や、つわを煮込んだ浜下り煮モンを拵えていた。浜下り日は竃の煙を立てない習慣しである。〈オレ達人間が、日がな何も食わないんだからオマエ達も農作物を喰うなよ〉、と虫どもに報せる意味だと聞いたことがある。亀虫を捕まえて海に流す『虫枯らしヌ遊び』も〈虫封ジ〉の似たような祈り事なのだろう、その屁ヒリ虫を猛兄ぃが知らなかったなんて。
自分が小学校の低学年の頃にいつも遊んでくれた中学生の猛兄ぃは何でも知っていて教えてくれた。猛兄ぃと初めて会ったのは五年前だ。何でもできる兄ぃが大人みたいに思えて尊敬したものだ。だが、そんな猛兄ぃでも奄美の本土復帰を報せる新聞の号外ビラは読めなかったのだから漢字は苦手だったのだろう。でもそれは、満ち潮の海から海水が僅かに汲み取られるようなものでなんのことはない、ヘのカッパだ。漢字が読めないくらいで猛兄ぃへの尊敬の気持ちが減るなんて考えられない話だった。
そして間もなく自分はその頃の猛兄ぃと同じ年になる。
昭和三十四年、譲、中学一年生。
奄美群島では概して小柄な人が多く、その頃の大人で背丈は百六十センチ前後だったが、アメリカ軍人の父の血を引く譲は中一にして百七十に届こうとしていた。
体力が増すにつれ、大人達に漁に誘われる機会も増えている。
太陽で焼かれた海人の髪は縮れ、灼熱で赤銅に染められた肌は地肌を見せることもない。
海の上はいい。ハーフの肌を血を考える暇もない。デッキに付いた魚の血合いをブラシで落としながら、魚だって流れる血に違いはあるもんか、と譲は思っている。
サバニと呼ぶ手漕ぎの刳り舟で海に出る時、櫂を手にさせられることもあった。櫂を始めた最初の頃にできたマメは固まったし、焼き玉エンジンの船で沖に出る時、多少の風が出ても船酔いすることも無くなっていた。魚群探知機などない時代であったが、船は風まかせ潮まかせで当てなく走る訳ではない。漁師達がソネと呼ぶ〈根〉に向かって無駄なく走らせるのだ。根とは広い海洋の中で海底の岩礁が高くせり上がった地底である。そこには虎松ゾネとか喜三郎ゾネとか磯者の敬意を込めて発見者の名前が付けられている。
島の高地二点からの角度をあてに船を走らせて根に辿り着く『山立て』という方法で根に着くと錨を降ろし、潮の向きや速さをよんで釣り糸を垂らす。名人といわれる釣り師に至っては、五十ヒロ(約八十メートル)下の根の上に目当ての灰皿が置かれるとしたら、潮の流れをよんだ上で灰皿の中に釣り針をきちっと落とすことができると言われている。 根付き魚を捕れるそんな腕のいい船頭について漁法を学びたいとも譲は思っていた。
正月で一番のご馳走は豚料理である。年末に豚を葬り、血は大切に瓶に採っておく。塩を混ぜた血は調味料として使う。そのままにしておいた血は松の内を過ぎた月半ばには腐って鼻を突くようになる。もの凄く臭くなったそいつを布に浸して、道端に張った細い縒り糸に丹念にすり込む。固くて丈夫な釣り糸を作る為には臭さに堪えて血を塗り付ける作業は欠かせない。次に蒸籠に松葉をたっぷりと入れた中に乾かした糸を寝かせて蒸す。そうする事で糸は水を弾いて長持ちする丈夫な釣り糸に変わるのである。
突然の霧に船がまかれた事があった。白いガスに包み込まれ、三ヒロ(五メートル)ほどの視界すら効かなくなっていた。不安になった譲に船頭が言った。「さっき揚げた河豚どうした? 譲」
「ここに転がったままじゃ」と答えると、再び訊いてきた「どっちを向いてる?」
河豚の向きを答えると船頭は「そっちが南北じゃ、心配すな」と笑顔を見せた。
方位磁石はあったのだろうが、船頭は遊び心で方位知識を教えてくれようとしたのだろう。些細な事でも譲は知識にしようと考えていた。知識のどれが役にたつかは、いずれ自分で選択していけばいい。今は全てが勉強だと思っていた。
『潮風が、不幸も不浄も清めてくれるサ』という海人の陽気さも自分に合っていると思えたし、船釣り以外にも陸での手伝いや寄り合いにも誘われると喜んで出かけた。
船に乗り始めて間もない頃だった。先輩が突然訊いてきた「ジョー、お前、アイノコか?」。黙ったまま肯いた。「どう思うちょる? 自分のこと」との問いには、別にと短く答えた。小学生の頃にはからかわれたこともある。体の大きくなった今、陰では判らないが面と向かってそんな事をする者はいない。考えている間に船は港に入ろうとしていた。繋留してある小舟の集団を先輩は指差して言った「譲、あれは何じゃ?」。「板付け舟じゃろ」と答えると「違う。みんなアイノコ舟じゃ」、そう言って続けた「昔の板付け舟は底が平たく、安定はあるが遅い。沖縄のサバニは早いが安定がない。そこで二つのいい所を採ってアイノコ舟が創られた。見ろ! 今の舟は全部アイノコよ、平底に先の尖った船首じゃろガ」。初めて知る事実だった。
「お前のいい体は父親譲りじゃろ。母親からは何を貰った? アイノコはいいとこを貰っちょるんよ。良かったじゃねえか」
と続けた先輩の言葉は、素直に心の中に入ってきたのだった。
それに、磯者とも呼ばれる漁師達の話も譲にとって興味を引くものばかりだった。
船は水より火を怖れるチことや、の声に、譲は「どういうことじゃ?」と訊く。
「災難で怖いのは、外からやってくるものより内から引き起こすものの方なんさ。だから、自分の内から引き起こす難の方にまず気をつけよチゥ意味さ」。「ボラは下の魚じゃからな、祝い膳に出せねぇ」「どうしてよ? 先輩」「ヤマトの話よ、兄弟神の話があってな。山幸が兄の海幸に借りた釣り針を無くして竜宮に探しに行くんじゃが、針を飲み込んでいた魚が赤目、つまりボラじゃったチ話よ。神の怒りに触れたので今では赤目は祝いの膳に出せないチゥ話になったとヨ」。
解らない事は訊いた。「『磯者は無口に、山は大口』チも言われちょるよ」というもの。
「漁は人に知られないように出ろ。逆に山は大口叩いて行け、チゥ意味じゃ」。
どうして? と訊く譲に納得行く説明は無かった。しかし、意味が不明のそんな言い伝えにも逆に興味はつのるのだった。
腸を取り出した何匹かの魚のエラに笹竹を通して担ぐと、錆付いた自転車で隣の村に向かった。サンゴの石垣に闇が覆い被さろうとしていた日曜の夕暮れ。外から「チビ」と、一度呼んだだけで千美子が走って出てきた。
「みやげじゃ」と竹刺し魚を譲は差し出す。
「今日は父がメバル日和じゃ、チ言うとったから、譲は船に誘われたじゃろうチ思うとったわ。釣れたン?」
「底ものじゃ。そこそこヨ」
それには千美子は笑わず黒い眼を見開いて訴えてきた「私も連れていって欲しい」
「だめじゃ」「なんでや?」
「舟霊様は女神だから女が船乗りすると怒るんじゃと」「ケチッ」。
千美子は同級生である。しかも学年一学級の小学校から中一の今まで七年間。同級は皆友達なのだが千美子とは何故かとりわけ馬が合った。自分に似て色白の女だった。違うのは大柄な自分に比べて小さいこと。白くて細い山羊のような足をしているのだが走るのは早くて、同じリレーチームで襷を渡したり渡されたりをやってきた。おさげ髪を風に流して小走りに駆け抜ける姿は、まるで釣り上げたばかりの活きのいい魚みたいに飛び跳ねてみえる、そんな娘だった。自分とは反対のお喋りな千美子とどうして仲良くなったかは記憶にない。が、千美子に言わせると、譲が先に誘ったんバ、となる。ヤツの話ではこうだ。 小三の頃。授業で使うから毒流し漁に使う木を探して持ってこないか、と担任が皆に呼びかけたそうだ。教室の、言われたばかりの場ですぐにその気になって仲間を探して振り向いた眼が千美子と合った、らしい。「譲が最初にワンを眼で誘ったんチバ」と、今でも言い切るお喋りの千美子に、口下手な自分が弁明できる訳もなく、そういう事実になってしまった。その日のうちに二人で毒流しの木を探しに行き、持って帰ったというのだが記憶はない。それからのエンと言うことになる、らしい。
話を続けたさそうな千美子を遮るように、じゃあな、と片手をあげ、背を向けて自転車に跨がった。加速がついたかというところで思い付き、急ブレーキをかけた。自転車が激しい軋み音をあげ、振り向きざま、譲は驚いた顔の千美子に怒鳴った「いつか、磯に行くか?」。うん、と背伸びしたかのようにして大きく肯く千美子を背に、自転車を再び漕ぎ始めると口笛を吹き始めた。譲の口笛が一番だ、と以前誉めてくれたのが千美子だったことを思い出している。
口笛の曲が春歌だと気付いたのは間もなくだ。気付いた瞬間、後を振り返った。チビの姿は消えている。辺りを見回した。幸い誰にも見咎められなかったようだ。フーと深い潜りから揚がったような大きな息を吐き出している。磯者の先輩たちは飲むとよく歌った。島唄それに春歌。〈二つとせ 二人娘とヤル時にゃ 姉の方から〉。今、口笛で吹いた春歌の歌詞を思いだした。途端、千美子が二人姉妹の妹だと気付いてカッと頭に血が上ったのを覚えた。
家に戻り、先程裏庭の木からもぎ取って櫛形に切って水に晒しておいたパパイヤを取り出した。齧ってみると微かに苦みがしたが煮ればアクはとれるだろう。昆布出汁の鍋の中に皮ハギと豆腐と椎茸、深ネギ、人参、パパイヤを入れて煮る。煮える間に浸けダレの酢醤油を作った。母が戻ってきたのはパパイヤ鍋の出来上がった頃だった。
「ご馳走やが、譲。漁に行ったんか?」、裸電球の灯りの下で母が訊いてきた。
「おう、行ってきた。ワンは働くんが好きじゃ。中学出たらイッペェ働いチ、母さんを楽にさしてやるチバ」
母の言葉は返ってこなかった。弱ってきていた歯で自分の何倍も口を動かしている。電球の灯りが口元に幾筋もの細い影を際立たせ、母の老いを浮かび上がらせていた。
島に電気が灯ったのは三年前だ。昭和三十一年、小学四年のクリスマスの夜。家という家から一斉にどよめきと歓声が沸き起こり、こんな島まで文明の灯りが点いたと島中が大喜びした夜が昨日のことのようだ。電気を火の灯りと勘違いして、キセルを近付けて火を点けようとした老人が何人もいた、という笑い話はすぐに島内に広まっていた。重油を輸送してきての火力発電ということで、夜二時間だけ点く電気だった。だが、灯りの下で読める本があった訳でもない、すぐに譲は退屈を覚えた。逆に母親は忙しくなったようだ。電気代という現金を稼ぐ為に機織りの夜業までするようになっていた。有線ラジオをひこうという話が今、島のあちこちで持ち上がっているのだと母は言う。今度はラジオという文明の為に夜業の時間は延びていくのだろうかと考えていた時、母が箸を休めて思い出したように言った
「まだあるんか? 汁」。「おう」「ジィには持っていったナ?」「アゲ、まだじゃった。行ってくるチバ」
言うと同時に譲は空の丼を手に取っていた。
「タレと汁は混ぜて食べやすいようにして行くんド」。母の声が届いた時は既に同じ行動をしている。
サンゴの石垣に挟まれた細い道を登り、トタン屋根の狭い入り口を抜け、声をかけると囲炉裏火の向こうに動く姿が見えた。独り暮らしのジイは昔、名前からなんとかジィと呼ばれていたらしいのだが、譲がジィと呼ぶようになってから母もそう呼ぶようになっていた。ジイとは縁戚でもなんでもないのだが母の話では沖縄を引き揚げてきてから今迄大層世話になったらしい。
世話になったのは母親だけではなく去年自分が船に乗るきっかけを作ってくれたのもジイだ。小六の譲を中学生と間違えて漁撈長をしていたジイが誘ってくれたのだ。最初は甲板の血糊落としや船底のアカ汲みなど雑用の手伝いをしていたが、一本釣りのやり方を教えてくれるようになり、面白くなって一年が過ぎる頃、ジイは突然船を降りてしまった。腰を傷めたからという理由だと聞いたが後の漁撈長に頼んでくれたらしくその後も譲は船に誘われ続けるようになっている。自分にとっても恩のある人だった。
盆に乗せてきた丼を差し出すと、ニッと笑って後の土間を指差した。口に出さずとも解っている、いつもの焼酎を呉れと言っているのだ。瓶の木蓋をずらして一合杓を突っ込むと、黒糖酒の甘い香りが鼻を突いてきた。茶碗を渡すとジイは左手で受け取りながら片方の手で自分を指差している。お前はいらないのかと勧めているのだ。手を振り、次の時にと答えると、素早く踵を返した。思い切り良く立ち去らないと三線と島唄につき合わされることになる。
眼下、太平洋は絵筆でなぞるように水平線が消されようとしていた。狭い道を下っていると山からの風がジィの声を乗せてきた。潮で鍛えられた声は擦れ、ノロ神〈女神官〉が唄う島の守り言葉のように高く低く、譲を追越して浜へと静かに流れていった。
どうして『島歌』を習う気になったのだろう。
半年前のあの夕暮だ、ジイの歌声が大波のように押し寄せて自分を包み込んできたのだった、か。
♪雨ぐるみやあらぬ ワン愛人しヌ目涙ド
二年前に一度だけ聴いた唄だった。忘れもしない、島を出ていく猛兄ぃが最初で最後や、と三線弾いて唄ってくれた島唄『雨ぐるみ節。
そうと気付いた瞬間、下りてきた道を譲は駆け登っていた。浜にひととき漂着した寄り物が、故郷の海に再び連れ戻されるかのごとき、抗いえないような引き戻しであった。
しかし。島唄に近付いた分、チビとの距離が遠退いているような気に譲はなっている。
昼休み、校庭のいつもの場所に走って向かう途中、千美子を見た。女三人で座って小さな紙を広げていた。千美子は近寄る自分に気付いた様子だったが、すぐに視線を紙に戻した。聞こえてきた微かな歌声がはっきり届くところまで近付いて足を停めた。
♪連なる海の西東 別れた島の 別れた島の 思いぬかなしゃ
再び校庭へと駆け出しながら思っていた、(悲しゃだと? なんちゅう女々しい歌や)。
砂場に着くと相撲の取り組みは始まっていた。順番を待って並んでいた何人かが譲を見て手を挙げた。一年生ながら体の大きい譲は、技の巧い上級生と互角の勝負ができる上に、正攻法で四つに組み合うところから評判が良かったのである。
それに相撲自体が大人気だった。英雄がいた。徳之島出身の横綱朝潮太郎だ。
本土帰りの青年がこう言って聞かせたことがある。今、内地ではプロレスというのが大人気だ。力道山という相撲出身のレスラーが空手チョップという張り手みたいな技で外人を張り倒すんだ。日本人が大きな外人達をやっつけるのが大評判で、テレビの時間には人だかりができるんだと。
テレビのない島では違った。いや、たとえテレビがあったとしても、朝潮こそ圧倒的な英雄だっただろう。胸板の厚いガッシリした体に、濃い眉毛の島の英雄はその年五月横綱昇進を決めていた。ラジオに群がった島の若者の誰もが朝潮の決まり手に興奮して、翌日には競って自分の技に取り込もうとし、同じ技が土俵上で争われるのだった。
譲の番だった。当ってすぐ右四つに組む。上級生のベルトをしっかり握り、体を揺すりながら押し、引いては相手の力の入れ具合を確かめる。息を整え、勝負に出る隙を窺いながら譲は考えている。猛兄ぃなら今の自分に何の技で仕掛けてくるだろう、兄ちゃんと取ってみたいと。
砂利道を裸足で帰る譲をバスが追い抜いて行った。初めて島に一周バスが走るようになって四年が経つ。しかし道路は舗装されることもなく、バスの後ろにはもうもうと砂塵がたっていた。
〈田舎のバスはおんぼろバスでガタガタ道を〉、と歌ったところで、口を押さえて砂煙の中に立ちすくんでいる千美子に追い付いていた。
「昼に歌ってたの、ありゃ、何じゃ?」「新民謡や。『島かげ』ちゅう歌や。」
「新民謡? 何や、それ? 島唄じゃねえガ」
「島唄じゃないから新民謡チ言うチバ。『島かげ』は奄美の本土復帰を願って創られた歌や。知らんのか」、と言う千美子に
「知るかそんなの。どこで覚えるんか? そんな変な歌」、と譲は問い返す。
「機織り場の有線や。変じゃないわぃ。新聞社の社長さんが作ったチゥ話ぞ(注。村山家国作詩)」
「ならん。島人なら島唄なんじゃ。覚えとけ」
一気に言い、駆け抜けた。後で千美子が叫んだみたいだが聞き取れない、前から来たトラックが声を消している。今年中に大きな製糖工場ができると聞いていたがその資材を運んでいるらしい。
この砂煙じゃチビは追いかけては来ないだろう。譲は砂煙の中を駆け出している。
ギィ、チョン、ギィ、チョン。機織りのオサを流す音にも似たキリギリスの鳴く山道を一人で譲は森に入って行った。機織り虫か、と呟くと千美子を思い出した。機織り場に休みごとにチビは顔を出していると誰かが言っていた。手伝いしながら憶えて、卒業したら織り子になるのだろうか? 自分はまだ決めてはいない。島に残って船に乗るか、本土に上がるか。卒業までの後二年で決まるだろう、そう考えている。
桑畑を通り、茅の薮を過ぎ、蘇鉄の群生を抜けると森の入り口だ。
小学生の頃、猛兄ぃが自分を何度も連れてきてくれた森だ。ハブの棲まない島の、森の奥に兄ぃはどこでも入り込んで、知っている限りの知識やワザを教えてくれた。
鳥モチはこうやって作るンドと、兄ぃは小刀でガジュマルの幹に切り込みを入れ、出てきた液に赤粘土を浸けると、口の中に入れて咬み始めた。時々唾を吐き出して、この唾は石けん代わりになるんじゃと言い、最後に吐き出したトリモチを白い花のついた葉っぱに包み、手渡して呉れながら言った。
―この葉がスズメ草じゃ。メジロの煉り餌にいれるンド。でもな、ジョー、飼うのは一匹だけにしとけ。メジロは住処の山の方がよく鳴くんじゃ。声聴きたくなったら何時でもここで聴けるシ。
猛兄ぃが教えてくれたのは他にも色々ある。毒流し漁に使えるエゴノキにイジュの木。蝶の集まる木。ツマベニ蝶とアサギ蝶とオオゴマダラでは好みが違うんじゃということ。
「鳥にも牛や馬にも食い物の好みがあるンド。牛なら乳草で馬はウマズイカ。鳥ならヒヨ鳥はアコウの木じゃ。人も好みがあるじゃろ? ナ、譲」
「譲はカレーを喰いたいと前に言うたな。仕事ではどんなのを好きになれそうか」
不意の問いに答えられずにいたら兄ぃが続けた
「好きな仕事に就くことが一番の果報じゃチ、ワンは思うがナ」
あの時、ワンもそう思う、と熟した桑の実を飲み込んで猛兄ぃに答えたのを思い出しているうちに、ツマベニ蝶の好むギョボクの下に辿り着いていた。太さ一寸くらいの枝を二本落とし、それを一尺程に切り落とす。餌木を作ろうと思っていた。
口笛を吹きながら帰る道、エゴノキの実を摘んでポケットに入れた。が、その先でサネカズラの実がなっているのを見つけた。エゴの実を捨ててサネカズラの実を摘もうとして、猛兄ぃの言葉を思い出した。〈要らんものは最初から摘むな、切るな〉という言葉。
後から摘んだカズラの実はサネン葉に包んで家に戻り、エゴの実と半分ずつ紙に包み直した。そいつを千美子の家の庭に投げ入れた途端、ユナの枝を採って来る事を思い出した。自転車を今度は海辺へと向けた。千美子と喋らなくなって三月近くになろうとしていた。
「サネカズラは譲、ヌーやろ?」。
後ろから声かけられたのは、千美子との別れ道になる村はずれの三叉路だ。秋の無い島に、新北風が本土から一息に冬を運ぼうとしているかのように肌を刺してきた。黙っているのを肯定とみたか、千美子が続けた「ありがとうな。昨日、髪洗うたわ」。
「知っとったかい?」「当たり前や。ホラ」。下げた頭をグッと鼻先まで近付けてくる。女の髪の匂いが微かに届いた瞬間、譲は思わず半歩飛び退いている。
「ワンはサネン花の香りの方が好きや。母はエゴの実で髪洗うたわ。譲にありがとう様チ、伝えてくれっチ」。
フン、じゃーな、と、そんな言葉しか思いつかず、島人が〈魔邪モン祓ぇ石〉と願掛けて呼ぶ石敢当の突き当たりで千美子に背を向けた。途端、声が届いてきた。
「今度、ジィの島唄聞きに連れて行けや。釣りの約束もまだじゃろ。嘘つくなよ。譲」
後を向いたまま、おぅと返事した後、口笛を吹き始めた。が、途中から譲は歌い始めている。
♪長ン浜から鯨ヌ揚がてぃ 切りが行こうや包丁持ち 切りが行こうや
帰るなり盥の中に浸けておいたユナのツルを引き上げて木に掛けた。鼻歌を歌っている譲に母が声をかけてきた「何か果報ごとあったんか? 譲。機嫌良さそうやが」
あらん、短く答えると、また訊いてきた「ユナ縄を編んで何か作るつもりか?」
その問いには答えず、訊き直した「アンマの足、何文やったか?」
八文じゃ、との答えに思わずニンマリとしている。
曇り空だったが午前中は持ちそうな朝まずめで、北風は弱かった。活きボラは使わないと決めている、初めて使う作りたてのギョボクのイカ餌木に自信があった。猛兄ぃに教えて貰った潮読みも当たり、早朝一人出たイカ釣りで、二時間足らずで七匹を揚げ、家ですぐに捌いた。新鮮なイカから崩さずに抜いた腸は壜に詰めて塩を振り、刺身に卸したヤツは紙に包んだ。猛兄ぃの家に二匹を届けて、譲は千美子の家に向かった。
イカや、と包んだ二匹を渡してから千美子に言った「ジィんとこに行く。来るか?」 ウンと答えるなり千美子は自転車の後ろを掴んだ。乗るんか? と驚いて訊くと
「当たり前やレディファーストや」と答えた時には荷台に跨がっていた。
二人乗りだというのに重さを感じず、軽いヤツだと思っていると後から腕が回って来て、許可なく腹の前で組みついてきた。その白く細い両手が気になって仕方がない。自分の心臓の音まで腹からチビに伝わっているんじゃないかとペダルを漕ぐ間、譲はずっと不安に苛まれ続けている。
ゆっくりと着きたいような気もしたジイの家には早く着いた。両手に染みついた汗をズボンで拭い、茅葺き屋根を先に潜ると千美子が後を付いてきた。
「今朝揚げたイカや」と包みを渡すとジイは歯茎を見せて笑い、焼酎の瓶を指差して「お前も呑め」と譲に促した。千美子が最初眼を丸くし、次に睨みつける様子を傍らで見せたにもかまわず、譲は茶碗酒を口に持っていった。動悸を鎮めるにはこれしかないという気がした。イカと酒を交互に口にしながら、ジイが黄色い歯を見せて言った「清らかな童じゃ。他の村の子やな。ジョーのこれか?」
ジイは小指を一本立て、突き出している。
「あらん。ワンはまだ十四ド」、大げさに手を振って譲が打ち消すと
「早いことはねぇ。ワンらが小学出て漁師になった時はすぐに女を作ったもんじゃ」
「昔と今じゃ、時代が違うんチバ。ジィ」
「そうかの。アメリカ世からヤマト世になって何年になる?」
黙っていた千美子が口を開いた「六年や。ワンらが小一の時やった」
「小三の年にバスが走った。四年の時に電気がついたんじゃ」と譲。
「だったかの。じゃが変わらぬもんもある。『布は横糸、人や妻』が大事チ言う。解るか?」
隣の千美子が微かに肯く気配が譲に伝わってきた。その千美子の方に向き直り、しんせいの煙を燻らせながらジイが訊いた
「ヌーの親は村外婚を何チ言うな? 『他の村に嫁ぅなョ、落ちさん涙落ちすんど〈他の村に嫁げば苦労し、落とさなくともいい涙を落とす事になるよ〉』チ、言い聞かしよか?」
答えない千美子を譲は盗み見る。僅かに頬を紅潮させ、ジイを見つめ返しているチビにヤツの気の強さを見るような気がする。
あらん、と千美子が短く言い放った時、譲はジイに頼んでいた、三線聴かせチくりと。
唄い始めたジイはいつものように上機嫌になっていった。
♪油断しんしょな 羽黒魚 烏賊の生餌じゃんが
「解るか、譲。羽黒魚よ、早く喰わんと烏賊に逃げらるぞチ意味の『朝花』じゃ。いい世になった。『清ら生まれ女は島ン為ならん。大和者の為になる〈美人は皆、本土人が奪ってしまう〉』チ、歌われた昔もあったとじゃ」
ニッと笑ったジイに答えられない譲に代わって、千美子が、ワンも歌っていいか? と、驚くようなことを言った。
ジイが肯いた途端、千美子が声を発し、すぐにジイの三線が唄の後を付けた。
♪ 酒ン一番酒や 人 狂わすもの 私や人狂わす目鼻持たぬ
「歌はまだまだじゃが、いい声バしちょる。十四チか。『娘の清らさや 十と七つ』チ、唄に言うが、後二年もせんうちにヌーは引っ張りだこになるじゃろう」。
ジイの言う引っ張りだことは、唄者としてチビの歌が巧くなると言ってるのか、唄の内容とは逆に、チビが男どものほっとかない女になると言っているのか譲には良く解らなかった。誉め言葉に初めて恥じらいを見せるかのように千美子が俯いた。初めて聴くチビの島唄に譲はしばし唖然とした。が、気を取り直してジイに言った
「ジィ、お願いがある」「なんじゃ?」「ジィの船、貸しチたもり」
「おう、いつでも使え。じゃが、冬は駄目じゃ。春先まで待て。それともう一つ」
確かめるかのようなジイの視線が絡み付いてきた。
「譲、ヌー、この女を乗せるつもりか?」
童が女に変わっているのは気付いた。しかし声が出ない。漁船は絶対に女を乗せてはいけないしきたりだ、船霊様が怒るからだとは何度も聞かされている。ジイが言った
「乗せても良か。時代は変わったんじや。但しーー」
まだ酔った筈も無いのにジイの眼は座っている。
「遊びで女を船に乗せるのは許さん。連れ添いと決めたのなら許す。どうじゃ?」
声は出ず、返事の代わりにゴクッと音をたてて譲は唾を飲み込んだ。その時、隣でも同じ音がした。
「宿カリみたいじゃ二人とも。殻の中に潜みよった」
ジイが大笑いしてそう言うと、いかにも旨そうに茶碗酒を飲んだのだった。
干していたユナ木のツルを取り込み、しごくと柔らかさも強さも手ごろの縄になった。母の八文の地下足袋を借り、譲はユナを編み始める。草鞋の形が出来ていき、一時間ほどで底の部分の形を整えた。問題はこれからだ。地下足袋に被せる形で補強をするのが狙いだ。慣れないと地下足袋は磯の切り立つ岩で破れやすい。それを覆うつもりのユナ草鞋が出来た時、半日が過ぎていた。まあまあの出来だと納得したら、一時も早く磯に出たくなった。天気さえ良ければと決めていた次の日曜、北の風。沖に白波が立っていた朝、釣り竿二本を背負い譲は千美子を誘った。
風が強くないか? と訊くチビに南は大丈夫じゃと答えると、すぐにチビが自転車を出してきたのには少しガッカリしたが、二台の自転車を列ねて南の磯に向かった。
運動靴の千美子に、靴の上から履けとユナ草履を渡し、履く間に地下足袋の自分は餌になる宿カリを探した。風と大潮が白いサラシを作っている。狙いは磯の根魚だ。クンユかチン、エラブチのどれかがくればいい。
しかし、当たりはなかった。小さな雀鯛が譲に一匹。尖った岩に立ちっ放しのチビが不満を洩らした、釣れないねぇ譲、と形のいい薄い唇を尖らせている。譲は答えた
「我慢せ。『待ちゅ者や 大漁釣りゅん』チ、昔から言われとるチバ」
フン、と鼻を鳴らしてみせた千美子に間もなく当たりが来た。が、大騒ぎしたわりに揚がってきたのは小さなベラだった。譲は針から外して海に還しながら言った
「ベラは小さい時は全部が雌なんやチ。そン中から雄になるのが出てくるそうチバ。雀鯛は反対で小さい時は全部雄なんやと」
「フーン。すると雄は雄、雌は雌とばかり遊ぶことになるんか。つまらんな。何でかぃ?」「知らん」「なんじゃ、知らんのか」
と言っているうちに潮は引き、先の方の岩に移らなければ釣れなくなっていた。先の岩との間は早い潮流がサラシの深い溝を作っている。こちらから向こうへ、尖った岩から尖った岩へ助走無しで三尺(一メートル)ほど跳び移らねばならない。跳べるか、チビ、と訊くと口を結んで千美子が肯いた。
先に譲が跳び、手渡しで竿を移し、千美子の跳び移る番になった。波に洗われた岩は藻が覆い、滑りやすい状態になっている。察した千美子の顔が緊張で白くなっていた。落ちたとしても泳げる、死ぬ事はない。でも、岩の角に叩きつけられ、波に掻き回されて大怪我をするに違いない。真っ白の子山羊が血塗れになっていく姿が譲の脳裏に一瞬浮かんだ。
やめるか、チビと訊いた。だがすぐに千美子は頭を横に振った。それでも片足を後に踏ん張り、飛び移る体勢をつくりながらも、足が岩に貼りついたように立ち竦んでいた。
大きく上下する肩に向かって、譲は片手を差し出した。
「捉まえろ、ワンの合図で跳べ」
ウンと肯き、頼りきって見開いた黒い瞳の中に自分が映っていた。
潮が停まった瞬間、譲は叫んだ「跳べッ!」。
強く片手が引っ張られ、同時に小さな悲鳴があがった。途端、尖った岩の隙間の小さな足場で踏ん張ってバランスを取った自分の胸の中にチビがいた。上げた額に透明な玉の汗が幾つも浮かび、眼は閉じ、形のいい唇は放心したように開かれ、サラシよりも白い歯がすぐ眼の下に美しく整然と並んでいた。紅花より芳し気な香りが開かれた口から届き、捕まえられて観念し身を任せ切ったかのような獲物にしばし眼を奪われた。が、『人狂わす目鼻持たぬ』とシレッとして嘘を歌った女だ、と気付いた瞬間、譲は千美子を突き放している「アホ、危ねェ時に眼をつぶるのがいるか!」。
「怖かったからつぶるんじゃ。怖くなかったらつぶりゃせん、アホッ」
キッとなって見開いた目が自分に真っ向から向いている。目を逸らし、譲は敗北感を覚えていた。言い争いになっても口達者なチビにどうせ言い負かされる。それよりも。捕まえられて身を任せ切った獲物の紅い唇と白い歯にただ呆然と見惚れ、芳しい息におののき、思わずたじろいでしまったことーー。獲物を捕らえたと思っていた自分の方が、ヤツに捕まえられようとしていたのかも知れないと思ったら、喉の奥底からヒリヒリと渇きが口中に広がってきた。少し離れた場所で再び竿を下ろした。だが、当たりは来ず、早い潮の流れに餌の宿カリはすぐにもぎ取られていた。
黙って釣っていた千美子が近寄ってきて片手を差し出した「噛みンニャ、譲」。
飴玉二個を受け取って口に放りこむと、紅花のような香りが鼻を擽り、甘い味が舌を溶かしてきた。千美子の開いた薄赤い唇が再び脳裏にチラと像を結ぼうとした時、その紅花から声が届いた「歌っていいか? 譲」
途端、譲の胸に激しく渦をなしたものがある、怒りだった。釣り糸から眼を離さず大声をあげた「ならん。魚は人間の声や影を警戒しとるんド」。遊びに来てるんじゃねぇ、釣りに来てるんド、という言葉は飲み込んだ。だが千美子は押し黙ってしまった。
千美子の沈黙は続いた。自転車に乗った帰り道、譲は丁寧に頼んでみた「歌っチ給れ」。
しかし。沈黙を守り続ける事で千美子が怒りを隠そうとしていないことを知らされる。
帰り着くなり、油ソーメンを掻きこんだ。その後、再び銛を引っ提げて譲は海に向かった。別の磯で潜るつもりだった。
裸の身に風が叩き付けてきた。流木に岩陰で火を点けてから、海の中に入って行った。だが、いつもなら群れをなすタカノハダイも、イサキもカサゴもフエダイも、その微かな魚影すら見付けられなかった。早い潮流で大きく揺れ動く海藻に視界を遮られ、焦りはつのった。火に当って暖をとり直した後、底の貝を探すことにする。岩の隙間を丹念に探したがトコブシ、アワビ、サザエに夜光貝の一つとして無く、出会うのは自分と同じ貪欲そうな眼で獲物を探しているウツボだけだった。
次が最後と決めて火に当り、潜った岩底で潜む獲物を見つける。急いで上がり、銛をひっ掴むと急潜水して行った。一度外し、二度目の突きで獲物の目と目の間に銛を刺し、暴れるヤツをようやく穴から引き出した。片手にずしりとした重みを伝えて大蛸が銛に絡み付いてきた。
家に戻ると、急ぎ竈に火を起こして蛸の処理にかかった。頭を裏返しにして中の腸を取り塩で丁寧に揉んでぬめりを取る。湯に入れるとたちまち蛸は真っ赤に染まっていく。形良く足の曲がった蛸を頭から縦に二つに切ると、半分を包んで千美子の家に向かった。
「蛸じゃ、茹でてある」
出てきた千美子に渡すとありがとう様、とだけ短く言って手を伸ばしてきた。
「ヌーは針千本じゃ。怒ったら誰も手をつけられん」
そう言うと、闇の中に白い歯が浮かんだように見えた。
「あらん。口を尖らした様は皮剥ぎやった」
アバスより幾らか可愛いようなヤチャボーに言い直したら、闇に浮かぶ白さが増えたようだ。
「譲、ワンが怒ってたの、解ったのか?」「おう。海の突風みたいに怖かったチバ」
「そうか。ジョーは鈍感やからナ。解ってたらいい。なら、歌ってもいいか?」「おう」
緩やかに千美子が歌い始めた。♪郷里ぬ無ぇ ヤチャボー 可哀相に 山ぬ住処
ジイから譲も習った島唄だった。やんちゃだった為に自ら村を離れ、山に潜んで暮らすようになったという野茶坊。村人はそれでも、彼に親しみを持っているという内容の『野茶坊節』。チビの伸びやかな澄んだ唄声を聞きながら譲は猛兄ぃを思い出していた。昔いつも遊んでくれた兄ぃも、やんちゃ坊と呼ばれていた。でも島の人は言ってくれた「米と子供は手に余った方がいい」と。そんなことを思い出したら笑みが浮かんだ。
途端、歌は止み、激しく肩を突かれている、「笑う唄じゃねぇガ、譲!」。
ジイが船の操作を教えてやる、と譲を誘いにきたのは年の瀬も近くなった凪の日。
旧くなった船だがエンジンだけはしっかりしているんじゃ、と焼き玉エンジンの起こし方に止め方、そして湾内を二周りして操船法を一通り教えてくれた後で訊いてきた。
「譲、ヌーはこの前の娘と夫婦の約束したか?」。
唐突な問いに一瞬沈黙したが答えた「しとらんわぃ、そげなの」。
ハハハ。大声あげて笑い、ジイは言った
「ヌーは正直じゃの。カサゴ魚みたいな口ばっかしの人間が多いが、そんな輩よりずっといいわぃ。良か。娘が乗りたいチ言うならワンの船に乗せチやり」。
凪の海面みたいな穏やかな光を眼に浮かべたまま、ジイは脇の小箱を取り上げて広げた。中には大振りの身動きしない蚕が一匹。「運中じゃ」、言いながらジイは摘んで掌に乗せると剃刀を取り出した。島でも養蚕が広がろうとしていた。桑を植えて蚕を飼い、繭を取る。天候に大きく左右される作業は難しく、そこから蚕飼いは運を天にまかせるようなものという意味で『運中』と呼ばれていた。見とけ、ジョー。言うなりジイは運中の腹に剃刀を当てて腹を割いた。次に細く割って尖らした竹の先を腹に突き刺すと白く細い繭の糸を腹から慎重に掻き出した。竹を回しながら細い糸を丁寧に巻き付けていき、最後にそいつを渡して言った
「これを縒って先糸にしろ。今までの糸より細くて強い釣り糸になるはずじゃ」。
一つの繭から長さ一キロメートルにも及ぶ糸が採れ、それがテグスと呼ばれる釣り糸になる事を譲が知るのはずっと後のことになる。
帰り道、ジイが譲の家に寄ると母がいた。
「アゲ。拝みン遠らさや〈随分お会いしていませんでしたね〉、ジィ」
頭を下げ、譲が世話になっていることへの礼を告げた母にジイは
「譲がいつも魚を持ってきてくれるので自分の船は休漁ばっかしじゃ」と、笑った後
「近々大豚を潰すのでこちらにも廻すつもりじゃ」、そう告げて帰って行った。
正月準備の豚の用意が出来たと喜ぶ母を見ながら、譲もジイに二つのプレゼントを貰ったと思っている。操船法とそれに新しい釣り糸の作り方。来年は今年よりもっといい年になりそうな気がして、今日がクリスマスだということに初めて気付いたのだった。
「ジョー、美智子さんに赤ちゃん産まれたの、ヌーは知ってるか?」
後ろの戸が開いたようだと思った瞬間、澄んだ声が背中の方から飛び移ってきた。
聞き慣れた声だ。竃に木を放りこんでから振り向き、凝りを取るように肩を廻しながら知らぬ振りして訊いた
「誰じゃ、美智子さんて? 千美子さんなら知っとるがよ」
と言うと、チビは笑わずに「妃殿下よ。男の子が産まれたんチバ」
「そうか、それを教えにきたんか。ワンは今忙しいんや」
「ヌーの母さんにあったら、こっちで仕事してるチ聞いたから手伝ってやろうと思ったチバ。砂糖作りは一人じゃ難儀やろ。ジョーは一人でやったことあるんか?」
無かったが、おうと答え、千美子が手伝ってくれると言った事で心細さは消えて嬉しさが湧くのを感じていた。よその村の砂糖小屋に突然一人でやって来るなんて変な女だと思う。しかし湧いてくる嬉しさは隠すしかない。
集落で行う製糖作業の手伝いは幾度となくやってきたが、一人でやるのは初めてだった。 急に母が言い付けたのだ。製糖工場ができたから砂糖小屋での砂糖作りも今年で終りになるだろう、片付けに行け、そして出来たら自家用分の砂糖を作ってこいと。
今、搾り機で砂糖黍からキビ汁を絞り終え、釜に移して火を入れたところだった。搾汁機はいずれ大人達が分解して手入れをするだろうから、取りあえずは細いブラシで隅々のキビ滓や汚れを取り除いて乾拭きしとけばいいだろう。それを千美子に頼んで再び竃の前にしゃがんだ。竃の火を等分に掻き散らして畳半畳ほどの平たい釜に満遍なく火を送らねばならない。でないとキビ汁に焦げ付きができてしまう。三十分ほどして、沸き立ってきたキビ汁の表面に泡が浮かび始めた。網を手にする。浮かんでくるゴミや泥などの汚れを掬い取るのは今しかない。丹念に汚れを掬い、アクを掬い取っていく。たちのぼった蒸気が部屋に充満していく中で、火を加減しながら石灰液を湯呑み茶椀に一つ注いで混ぜる。今は石灰を買っているが、昔はサンゴの枝を焼いてから砕いて使っていたらしい。煮詰められた汁が五分の一程になってきたところで長い木のヘラを取ってドロッとなった液を捏ね始めた。反対側に立った千美子がもう一つのヘラで同じように捏ねる。表面の泡がプクッと膨らんで飛び上がった。
シャボン玉だ! と叫んだ千美子の額に、シャボンをずっと小さくしたような汗の玉が幾つも浮かび二時間近くがたとうとしていた。
二人で釜の黒糖を別の容器に移し、釜を地面に下ろして水を入れ、残り火は水をかけて消す。釜が冷めるのを待つ間、譲は壁に凭れかかるようにして腰を下ろした。隣でなく千美子が向かい側の壁に凭れたのが残念な気もしたが、ホッと安堵もしていた。それは自分の汗臭い体臭がチビに気付かれずにすむということだった。
先程のキビ汁のように安堵も煮詰められ、満足感へと変わっていったようだ。正面からチビを見つめている事が不自然ではないという満足感。それでも話す言葉が見つからなかった。千美子は膝頭を両手で抱え込み、頭を乗せてこちらを見ている。言葉を探して譲は焦った。乾いた喉が水を欲しがった。キビを短く切って口に加え、もう一本根に近い甘い方をチビに差し出した「喰うか?」。
「いらん、水がいい」、と言うチビに茶椀に水を汲んで手渡した。再び座り込んで間もなく、ゴクンと水を飲み干す音が聞こえた。チビの島唄を譲は思い出した。
「機織り場に行っているのか?」
うん、お喋りの千美子が短く答えた。
「島唄はそこで覚えたんか?」「うん。新民謡は有線の親子ラジオでじゃ」
「中学卒業したらそこで働くんか?」「うん。女は機織りこそ一番じゃっチ、みんな言ってるし。譲はどうするン?」
「ワンは猛兄ぃみたいに本土に上る」「猛兄ぃちゃん、今、何しとるン?」
「横須賀で仲仕業をやっとったが、今は東京のパチンコ店で、任されて釘師さんをやっちょるンド」
「そうかーー。譲は猛兄ちゃんの所に行くつもりなんか? 船乗りはせんのか?」
「カツオは季節漁や。大型化して遠洋に出らんと先は難しいチ、ジィも言うとるし、ワンもそう思う。まずは本土に上ってみるサ」
「後、二年やな」「そうじゃ」。
母が紡ぐ糸みたいには言葉が次々と繋がらない。もどかしい気持ちのまま譲も千美子と同じように膝頭を抱えて俯いたり見つめたりするしか無かった。風に煽られて屋根のトタン板がカタカタと音をあげた。音に交じって千美子から忍び笑いがもれてきた。
「なんや?」「譲は宿カリみたいや」
なんでじゃ、と問おうとしていつかのジイの言葉を思い出した。
「そんならヌーもや。同じや」。
フフフと小さく笑い声をたてる千美子を、巧妙に忍び込んだ一条の光が照らし出した。眩しげに目を細める千美子の顔の清らかさに、譲は目を逸らさずにいられなかった。逸らした瞬間、今日の手伝いの礼を言わねばならないと考えた、「今日はサンキュウな」。
ありがとう様と言うつもりが英語になってしまった。照れ笑いで緊張が抜けて行った。
「それで、今日の礼じゃが」。
ん? 千美子は鳥の赤ヒゲがするように素早く小さく首を傾げた。
「今日の礼じゃが」「お、礼をくれるんか。鈍感譲が。なんじゃ?」、千美子が目を輝かす。
「この前の話じゃ。ジィの船に乗せるド」「お、船に乗せてくれるんか?」
問いに譲は大きく肯いてみせた。すると
「ジィには何と言うたん? ワンとヌーの事」と細めていた目を見開いて問い詰めてくる。
「ジィに聞けばわかるっチバ」。嘘のつけない性分である、話を変えた。
「これから薪取りに行こうと思うとるんじゃが来るか? ヌーの分も取る」
うん、拘りのない返事を耳にして譲は鉈を一つ掴むと、小屋を出た。後を千美子がついてくる。夕暮れの早い山道を二人は急ぎ足で登って行った。
ガジュマルやアコウの林を過ぎ、ハゼやタラやシイなど雑木の繁る森に入ると、葉を落とした木々が落ちていく陽を惜しむように騒いでいた。枯れ枝を切り揃え、葛を紐に大小二括りの束を造り終えると、譲は千美子に夕陽を見にいこうと山頂に誘った。
眼下三百六十度に海が広がり、小さな島を取り囲んでいた。
西の東シナ海には夕陽が沈もうとしている。北、白波の立つ方向が猛兄ぃのいるヤマト。
反対の南は自分の生まれた沖縄の方。そして東、夕陽に赤く染まった雲の下、太平洋の先は生死すら解らない父親の故郷アメリカ。
二年後、果たして自分はどこの空の下に行きついていることだろう。
太古の昔から変わらぬ風景を何千何万もの祖先人がここから眺めてきたのだ。そしていつか自分の血を継ぐ者もこの変わらぬ海を見ることになるのか、と、そんな思いに浸っていた時、千美子が洩らすように言った。
「島人は同じ海を昔からずっと見続けてきたんよね、譲」
二人同じことを考えていたのかと驚かされた。しかし感傷を許さないかのように夕陽はストンと海に落ち、二人は冬風に追い立てられるようにして山頂を後にする。
大きな方の薪の束を譲が肩にして、下る途中で言った「チビ、歌え」。
だが千美子は「歌わん、ヌーが口笛吹け」と言う。仕方なしに口笛を吹き始めた。
曲は島人なら大抵の者が知っている唄で『行きゅんにゃ加那節』。
途中から千美子が歌いだした。
♪吾きゃこと 忘れて 行きゅんにゃ加那 うっ発ちゃ うっ発ちゃが いき苦さ
<注。私のことを忘れて行くのですか、愛しい人よ? いいえ、旅立つ私だって心苦しいのです>
♪忘るるな 吾ぎゃ島 出でても 忘るるな 島唄 島方言 島娘
二番は譲の聞いたことのない歌詞だった。
どんな詞を創って歌ってもいいのが島唄で、千美子が創作したものだと思い至った時、なんとも言えない感情が滾るキビ汁のアブクみたいにブクッと胸に沸いてきたのを感じた。 口笛を止めた譲に、千美子が小さな声で言った「どう思われるかな? 私達ゃ」
「決まっちょる」と、ぶっきらぼうな言葉が出た。
次の「昼山焼いた帰りよ」の言葉はチビに届くことのない小さな捨て台詞になった。
島唄にこんなのがある。『娘さん、昼山焼きに山に一緒に行きませんか? 薪は私が拾ってあげますから』という男の誘い歌。昼山焼きとは男と女がすることをしましょうという意味だ。思いがそこに至った時、譲は体中を煮るように熱く産まれた感情の正体に気付いた。それは自分への強烈な怒りだった。(何をやっているんだ、俺はこんなところで)。
途端、坂道を跳ぶように走り始めている。千美子も懸命に付いてきた。
石敢当の別れ道で千美子の顔も見ずに大きな薪を押しつけ、ヤツの小さなのをひったくるように取り替えて別れた後、家に放り投げると再び駆け出した。
「あと二年じゃ、あと二年」、走りながら生まれ出た言葉を掛け声みたいに口に出した。
猛兄ぃの家に着くと息がせき切るのもかまわず呼びかけた「勇二いるか?」
ほどなく、猛兄ぃの下の弟、勇二が芋を頬張りながら顔を出した。
「勇二、明日学校が終ってから釣りに行くぞ、仕掛けは全部ワンがするからついて来い」
一気にそう言うと、勇二が笑顔になったのを見てすぐに引き返している。
外にカーバライトランプを出して火を点け、釣り仕掛けの準備をしながら、勇二のことを思い浮かべて胸が逸った。勇二は自分より二つ下、小五のはずだった。自分が猛兄ぃと出会って教え込まれたのは小一からの四年間。自分には後二年しか時間はない。沖縄に行っているという勇二の父、そして、大和旅の猛兄ぃに代わって勇二を仕込むのは自分しかいない、その使命感がフツフツと胸に滾ってきた。
猛兄ぃから教えられたことはいっぱいあった。自分で工夫したのもある。それらを全部勇二に引き継いで教えたい、自分が島を出る迄のあと二年の間に。
自分の知識が完全だとは思わない、が、勇二に教えておきたいことは山程ある。
酢豆腐(知ったかぶり)をしようとも勿論思わない。農作業に関しての知識等は大人から見ればまだまだ子供みたいなものだろう。それでも、知っている限りを教えておきたい。
イザリのやり方。潮溜りの場所と時期。猛兄ぃが教えてくれた干潮満潮時間の計算法。毒流し漁に使う木の選び方に使い方。青海苔の生える場所。
魚釣り。竿の選び方に仕掛けの作り方。狙う魚によって付け餌は違う、ゴカイや宿カリに蟹に藻に貝やウニなど。餌木の作り方に使い方。そして活け締めのやり方。
簡単な追い込み漁の仕方は勇二の家の網を使ってやればいい。猛兄ぃが教えてくれた時、泳げなかった幼い自分は石を投げて小魚を追ったっけ。
魚の捌き方は大事だ。皮ハギの皮の剥ぎ方。鯛皮の湯引き法。ブダイの肝のあしらい。食べられるフグの肝の外し方に拵え方。アイゴの小魚の塩辛の作り方。夜、火を炊いてアイゴを獲るやり方も、だ。それに魚の腸は捨てずに塩と漬け込んでおけばいい出汁の素になることも。猛兄ぃがやってみせた山羊の捌きはできない。小さい時に猛兄ぃが見せてくれた山羊潰しが余りにも強烈で、その後機会があっても避けてきたのだから仕方がない。
星の見分け方。柄杓星に北の方の北極星。夏の船形星(サソリ)に冬は三リ星(オリオン)。水汲み星(金星)に群れ星(スバル)など。
方角と月によって呼び名の代わる風の名称。五月アラバエに六月クルバエ。七月ユクドシに八月サニシ。九月は鷹下ろし。
方角で北風はニシカディ。クチニシ(北東)に、マニシ〈西)にターナーニシ(西北西)。ウチニシ(西南西)にフチ(東風)。そしてミナミン風が南西で、フユン風が南風。
三線は勇二の父が教えるだろう、その前に島唄の一つ二つは教えたい。八月踊りに六調に天草の踊りは知っているか?
山の鳥と鳴き声。ヒュールルは赤ヒゲでキョロロは赤ショウビン。ギヤーギャーがルリカケス。キュルンピィーツはオオトラツグミ。ピッキーピッキーはサシバでヒーョヒーョはヒヨ鳥。ツキヒフシは三光鳥。それにツグミやヒヨ鳥の仕掛け罠に、落とし篭の作り方。
島人が人の魂の生まれ代りと考えている蝶の種類。アサギにアオスジにツマベニ蝶、オオゴマなど。それらが好む食草。
木々の見分け方とその使い途。草鞋の編み方も。樹の上のヤグラの作り方もだ。子供の頃は遊びで作ったが、湾に入り込む魚群を見付ける為にも大きく頑丈なヤグラを作れる事は大事である。
もっと大事な事を忘れていた。潜りだ。深く潜る練習と潜る場所。風さえなければ冬でも島の海は温み、正月明けから潜れるのだ。
そして春先から鍛えて入道雲が東空に立ち梅雨の終わりを告げる頃になり、勇二も大分深く潜れるようになっていた。
ある時、深い海底で大きな宿カリを見付け、勇二に獲らせて持ち帰った。
「何に使うんか、石鯛の餌か? 譲兄ぃ」。興味深げに訊く勇二の前で宿カリを割る。黄色い腸を除いて水洗いして醤油を垂らし、喰ってみろと手に乗せた。
ウンメェッ、と舌に乗せてから噛んだ勇二が叫んだ。
「な、イセエビより旨いだろ」と言いながら、眉をあげて目を見開いた勇二の顔が猛兄ぃにそっくりなのに気付き、譲は一瞬、兄ぃの鼻を明かした愉快な気分になっている。
大潮がゆったりと湾を満たすにも似た満足感を譲は味わっていた、もっともっと勇二に教えて仕込みたい。でもそれらは家の仕事の合間にしなければならないのだ。時間はない。
しかし、もっと大事なことを忘れているのに気付かなかった。満ちていく湾があれば逆に、反対側の湾は干上がっているということ。
夏休みに入っていた。大きな入道雲が茜色に染められ、芋畑での一日中の草取りを終えて帰る途中、石敢当の所に人影を見る。千美子だった。譲、と呼び止めた尖った声に怒りを感じた。近寄るチビを見ながら、二人で話すのはいつ以来だろうとぼんやり考える。砂糖小屋以来か、すると半年近くになるのかと気付いた時、近付いた千美子が口を開いた。
「譲、ワンをジィの船に乗せてやるチ約束したのを憶えちょるか?」
足を開いて両手は胸に組み、目は吊り上げたように見開き、口をヘの字に曲げての口調は詰問だった。小さな体に精一杯の威圧感さえ作っている。
たじろぎが小さく答えさせた「憶えちょる」。「なら、いつよ? 半年も待たせるんか」
「忙しいんじゃ」、答えは切り口上になった。
「忙しい? 譲は最近、勇二とばかり遊んじょるチュウ話やが」
「誰がそんなこと言うちょる?」「みんなよ」「みんなチバ誰よ?」
それには答えぬまま千美子は変わらず睨みつけている。
気押されが弁解調を作った「遊んでいるんじゃねえ。教えちょるんバ」
「教えちょる? ならなんでワンには釣りを教えてくれん? ワンの方が先やったろが」
言い負けそうになり、吐き捨てた「男が先なんじゃ。女は女と遊んじょれ」
千美子の頬がみるみる紅をさした。目に涙が浮かぶと瞬く間に一筋の雫が大きく見開いた千美子の目から零れ落ちていた。譲が呆気に取られた瞬間、強烈な痛みが片脛を襲い、千美子が細い足で思い切り蹴ったのだと気付かされる。不意打ちにイテッと顔を顰めた時、「譲の馬鹿ッタレ」、罵り声を投げ付けて千美子が走り去って行くのを見たのだった。
船で釣りに連れて行くぞ、とジイが譲を誘ったのは夏の盛りである。いつもは海に繋留してある湾で、荷台車に乗せて陸に上げられていた船を二人で海に下ろす時、右舷の舳先に鶏が描かれているのに譲は気付いた。「ジィ、これは何じゃ?」。
「鶏よ」「どうしたン?」
「竜神が舟の守り神チ知っとるじゃろう」「うん。それが鶏と何の関係があると?」
「昔の話じゃ。竜神がノ、耳の中に一匹の百足が入り込んでどうしても取れんで困っておった。それを耳ン中に入って鶏が取ってやったチ。感謝した竜神は以来、鶏を見ると平穏な気持ちになる。それから鶏が航海の安全祈願になった。沖縄の話よ」
「ジィは沖縄ン出やったか?」、 おう、船に飛び乗りながらジイが答えた。
「この絵、ジィが描いたンか?」。 その答えは無かった。
根に向かう間、譲は擬似餌を流して突き棒を持つ。鰆狙いだったが食い付きはなかった。
根に着くと、鯛を狙うとジイが言った。大きな鉛を錘とした手釣りである。軽い錘では早い黒潮に流されてしまい、ポイントを外れてしまうのだ。船も流されるのでこまめに操船して位置を保っていなければならない。根とはいえ碇の届かない深さだ。餌に魚の切り身を付け一旦海底に落として、底から少し引き上げた所をタナとする。ジイの狙いに違いはなく、一尺近いシロ鯛や薄く赤を散らしたような桜鯛があがってきた。時たま針を深く飲み込んだ皮ハギや馬ヅラハギやフエフキダイも混じってきた。
食い付いた魚を揚げる途中で譲は何度も逃がしてしまう。食い付いた魚が暴れて隣のジイの糸と絡むのを怖れたし、力もつい入り過ぎて糸を早く手繰ってしまいバラしてしまうのだった。上げる途中でバラした時、バラしたと叫ぶとジイは決まって良く見とけと言い、二人で海面を注視しなければならない。しばらくすると、水圧の変化から腹の中の浮袋を口一杯に頬張って溺れたように鯛が浮いてくる。そいつは簡単に網で掬い取れるのだ。そんな時ジイは顔中皺だらけにして笑いながら言うのだった。
「譲は逸りすぎよ、チビリチビリじゃ、魚の小便みたいにチビチビ揚げればいいのよ」
「若いんじゃ。時間はある。急くことはない」と。
揺れる船上で握り飯を飲み込むみたいに口に入れた後、ジイはしんせいに火をつけて語り始めた「あの娘とどうなっちょる?」
メラビ? 解っていたが譲は知らん振りをした。
「前にヌーが連れて来た娘よ。チビと言ったかの」
自分がいつも呼んでいる名前を知っている事に驚いたが、平然を装って答えた、「別に」。
「イタチの道にしちゃならんド」「何のことじゃ? ジィ」
「イタチは同じ道を二度と通わん。だから縁遠くなる。つまり交際なしになることよ」
チビと二人きりで話したのは半年以上前かと思い知らされた。が、話を勇二に変えた。
「ジィ。勇二のことじゃが」「ヌーが連れちょる童か。猛の弟じゃチな」
「色々教えようチ思うちょるんじゃが、教えても次から次へと忘れるんじゃ。憶えが悪うて、かなわんチバ。どうすればいい?」
煙を吐き、ジイはフフと鼻で笑って言った
「知恵チゥもんはナ、必要な時に憶えていくものなんさ。忘れるのはまだ必要ないからじゃろョ。教えるハナから全部憶えたら天才じゃ。自分で必要チ思うたことから憶えときゃいい。無理しよったらそのうち網が絡むように混乱するぞ。昔の人は言うとるよ、『忘るるが果報』ちナ。余計な事を憶えちょって災難じゃチ思った事がジィには幾度もあったわ。『忘るるが果報』よ。ヌーだってさっきから魚の早揚げの失敗を繰り返しよるじゃろが」
そうやな、と譲も笑うしかなかった。
三十匹ほど尺(三十センチ)級を揚げ、譲は再び操船を学びながら帰路へと舳先を向けていた。着岸して、船上で譲に魚の腸を捌き落とさせながらジイが洩らした。
「腸に藻が多いワ。『藻の上出来年は陸の厄年』チ昔から言われちょるが心配じゃ。取り越し苦労ですめばいいが」
譲が捌き終るのを見てジイが指示した
「ワンは三匹貰う。残りは譲、ヌーが配れ。これはチビ。これは勇二の家でいい」。
「残り、近所にはヌーが按配しろ。夕飯前にな」
驚き、譲はジイを見上げた「チビもか?」
答える前にジイはマッチでしんせいに火をつけた。
「あの娘よ。鶏の絵を描いてくれたのは」「なんでや?」
ジイは顎を上に向け、煙を吐き出した。
「知らん。じゃが、あの娘の気持ちは解らんことはネェ。昔から『青年と娘は島ン宝』チ言うて大人衆は皆、若衆を気にかけとったものよ。若い者が喧嘩しとったらバ放っちゃおれんのよ。ジィの余分なお節介チ思うとれば良か」
譲が魚を麻袋に押し込んだ後、ジイは三匹を担ぎ、飲料水用の飲み干した一升壜に海水を半分ほど汲んで手に持って歩き始めた。
砂地を抜けアダンや竜舌蘭の坂道に入り、赤土になった所でジイは譲の足を止めた。
荷を下ろさせ屈むように命じてから、海水の壜を手にした。そして木の枝を折って地面に三尺(一メートル)足らずの長さの溝をつけると、その中に離して二ヶ所、深さ二寸程の大きな丸い窪みを付け入れ
「見とけ、ジョー」、そう言うと高い溝の方に一升瓶の水を注ぎ入れた。水は溝に沿って流れ、窪みに入り、窪みを満たしてから這い出て次の窪みへと下って行く。
「解るな、譲」、ジイは真直ぐ譲を見つめて言った。
「知恵や学問もこれと同じよ。一気に先には進まん。窪地に留まっているように見えて今迄学んだ事を頭ン中で整理しちょるんじゃ。整理がすんでから次の知恵へ向かうのよ。
ヌーも勇二も同じよ。焦らんでいい」
譲もジイの目を見つめて大きく肯いた。
「学問のないワンが言うのも可笑しいがの」とジイが立ち上がって壜を傍の木に立て掛けた時、気付いた。ジイはこれを教える為に、船に据え置く壜をわざわざ持ってきたのかと。
「ジィ、壜は?」「置いとけ。誰かが使う」、歩き始めたジイを譲は追いかけて行った。
千美子はおらず、母親が何度も頭を下げた。
白鯛を受け取った勇二が言った「譲兄ぃ、今度はどこに連れて行ってくれる?」。
決して憶えがいいとは思えなかった勇二の無邪気な笑顔を見て、さっきの水溜りを思い出し、譲は思わず笑みが浮かんできた。(こいつも自分も同じなんじゃ。焦らんでいい)。
ジイの言った通り、夏、雨は降らなかった。日照りの夏に島人は嘆いた、台風でも来んかのぅと。大きな台風は作物を薙ぎ倒した上に巻き上げた海水まで落として塩害すら起こす。小さな雨台風なら歓迎という意味だ。しかし、多くの台風の通り道になる事から台風銀座と呼ばれている島々に、その年台風の来る気配はなかった。
あの村でもこの村でも水乞い祈願をしたらしいという話が伝わって来た頃、譲の村でも雨乞いをすることになった。一軒から一人は儀式に出なければならず、式の執り行われる水天宮に譲が着いた時、造られた祭壇の前に一人のノロ神(女神官)が立ち、村人がその後に傅いて儀式が始まっていた。白装束に身を包み日蔭蔓を頭に巻いたノロ神は、ガジュマルの小枝を振り上げ振り下ろし、祭神の天照大神に祈りを捧げた。
# くもこ森 親ノロ 首里森下りて 真玉森下りて 照る神は崇べて 照る霊は崇べて
ノロ神は何度も「アマゲーホーイ」と叫んだ。その後皆が釜のヘグロを顔に塗り、海に向かった。海に入った時、後から突き飛ばされて譲はつんのめる。怒って振り返ると自分と同じ真っ黒の顔がいた。そいつが自分を指差して白い歯を見せた「変な顔」。
千美子だった。譲も同じように指差した「お前だって!」。
傍に来て、顔のヘグロを落としながら千美子が言った「譲、この前は有難う様でした」 丁寧なお礼に、なんや? と返した。
「魚よ。あんまり立派なんで、みんなビックリしとったわ」
ヘグロを手早く落とし終えたチビの顔は、磨きあげた夜光貝の真珠層のような白く美しい輝きを取り戻している。
「ジィの鶏、ヌーが描いたのか?」
半年前、約束を果たさんと泣いた事や怒った事など無かったかのような澄んだ眼が、小さな瞬きを見せた後、コクッと肯いた。
「今度船に乗せる。ドンガじゃ、休めるか?」「ドンガ? 休むんか?」「おう」「ならワンも休む。この前みたいな魚釣れるか?」「天気次第よ」
「約束破るな、譲。破ったら、またーー」。
言いながら、片足を水から引き上げられないことに気付いたチビは近づくと片手を上げ、今度はコレじゃと頬を張るように細い手を譲の目の前でヒラヒラさせてみせた。
屈託のない笑顔を見続けることに息が詰まってきて譲はオゥとだけ答え、再び海に顔を突っ込んだ。ヌーはそれ以上白くなりゃせんチバ、と笑い声を残してチビが去って行くのを気付いている。
しかし、と譲はその後困り果てる。ドンガとは九月の子の日に行なわれる島の大事な年中行事の一つで、大黒天様の使いである鼠を祭る日である。この日畑に出ると、畑が鼠に荒らされるといわれ、皆が農作業を休む日でもある。喜ぶ鼠達が「人も猫も居らんだな。吾自由。吾自由」と蝸牛を口に頬張り、円陣を組んで歌いながら踊り遊ぶ日だと言われている。鼠達にとって待遠しいその日が譲には次第に憂欝な日になってきた。芋取りも近いし日曜は母が自分をあてにしている。島人が仕事休みのドンガの日に二人で学校を休めば仲を怪しまれるに違いない。
ドンガ間近の土曜の昼下がり、譲は勇二を誘って薪取りに行った。毒流し漁に使うイジュとエゴノ木、それにウツギの木を教える合間に訊いてみた
「勇二、ヌーはドンガ休むんか?」
「休めば、どっかまた連れていってくれるんか?譲兄ぃ」
目を輝かせて勇二が訊き返してきた。あらん、とすぐに頭を振って見せた。「学校行け、今からは学問ド」と言った後、母が自分によく言っていた言葉だと思い出して苦笑いする。
ドンガはまた、島では改葬の日でもある。土に埋葬して十年くらい経った遺骨を掘り出して骨壺に移し直すのである。
その日、改葬儀式の為に日除けの黒い傘を差した家族縁者が墓地に幾つも輪を作っていた。そこで立ち止まり両手を合わせて拝んでから、譲と千美子は墓地を抜け去っている。 エンジンも快調で波の大きさで七、五、三、と小中大の波数を数えて小波になった時、ジイに教えられた通りに船を波に垂直に向けて入江を出た。操船の緊張など気付きもしないかのように千美子ははしゃぎ、汗を滲ませて舵を握り締めている譲に話し掛けてきた。
「今日、ワン達が二人休んだ事、みんなどう思うちょるかいね? ジョー」
解らん、と無愛想に答えると千美子は風呂敷包みを持ち上げてみせた「お握りとオカズも一杯作ってきたわ。ジョーは大喰いじゃろ」
アゲッ! 譲は思わず大声をあげた。
どうした?と眉を顰める千美子に答えた「船はオカズを一杯持って来たらいかんのや」「なんでヤ?」「オカズがあったら魚はいらんちゅう事になるやろ。だから釣れんのよ」「なら早ユ、教えてくれたら良かったチバ」拗ねて見せるチビの機嫌をとるように言った。
「メシだけならいいんじゃチ。オカズはワンが貰うて戻る」
しかし。釣れなかった。根を外しているらしいのだが位置の修正が出来ない。
「ジョーはやっぱりヘタクソじゃ」という千美子に反論もできない。それに、ぼやきながらも一升壜の水を譲と交互にラッパ飲みし、小鯵が釣れても大喜びしてはしゃぐ姿に怒りも起きない。昼前に連れた鯵二匹を捌いて刺身にし飯のオカズにした。
「旨いナァ、釣れたては」と素直に喜ぶ千美子を見ながら連れてきて良かったと譲は次第に満足感を覚えていた。
その後、釣れたのは鯵二匹に鯖二匹。鯖は釣るなり首を折った。この方が身がしまっていい。鯵は生け簀に入れて生かしておき、帰りに引き縄漁の真似をして餌に流してみようと考えていた。引き縄やっていいぞ、とのジイの許可は貰っていた。引き縄漁とは船の両翼に羽のように竹竿を立て三本ほどの釣り糸を流し、糸に飛行機と呼ぶものを付けて船を走らすとそれが浮きと擬似餌の両方の役目を果たし、追い掛けてきた魚が食い付くというものである。しかし千美子と二人では自信が無かった。糸を絡ませでもしたら大変である。代りに譲は凧揚げに使う糸巻きを大きくしたものを取り出した。そこに活き鯵を付けて千美子に糸巻きを持たせて帰路を走らせた。だが、駄目だった。速度を上げて一匹はすぐに弱り、逆に落としたら、残りの一匹は何かに腹から下を食い千切られていた。
もはや活き餌はない。そこで次はジイが貸してくれた飛行機に代えて千美子に握らせた。
間もなくして、船尾で飛行機を見張っていた千美子から緊張した声が届いた「来たっ」。急ぎエンジンを停めて糸巻きを千美子から奪った。勢いよく流れていく糸にゆっくり制動をかけると重い引きが伝わってきた。針は飲み込んでいそうだ、バラすことはない。ジイと二人なら操船して魚を揚げやすい方向に船を動かすのだが、一人では魚の逃げる方向に自分が船内を移動して糸を手繰らねばならない。
「ガンバレ! 譲」と繰り返す千美子に「邪魔ッ」と怒鳴ると、顎で船首を指した。
察した千美子がすぐに移った。糸を流したり巻いたり芯棒に捲いたりして格闘すること二十分余り、紺碧の海中に魚影がうねりながら姿を見せてきた。シビかと思ったがそいつは頭に金色の八の字を付けている。三尺を遙かに超すかというソージ(カンパチ)だった。
「ソージだ、タモ」と叫ぶと、千美子が素早く掛けてあったタモを手に駆け寄ってきた。
タモを知っていたのは感心じゃ、と一瞬思ったが、使った事は無い筈と気付いて命令した「一気に掬え、躊躇うな!」。
気丈で思い切りのいいチビだった。すぐに命令を実行し、半分程獲物の後尾から掬っていた。ぐずぐずは出来ない、獲物も最後の死に物狂いの抵抗を必ずやってくる。『エラ切り』といって自分のエラで糸を巧みに切ってしまうヤツまでいるのだ。
「次の波だ、いいか、一二三で揚げるぞ」、命令して波のうねりを待った。
一、二、三.うねり揚がった波を利用し、魚を跳ね上げて船に取り込んだ。
ゼーゼーゼーと中距離を全力で走り抜けたような息遣いが止まらぬまま、甲板で暴れるソージを譲が見ていると、同じ息遣いが肩越しに伝わってきた。チビが肩に乳房を付けるようにして後から覗き込んでいる。柔らかい肉感の持ち主は感激のあまりか、乳房をくっつけている事に気付かぬ様子で声を震わせて言った「凄いね、ジョー」。
凄いのは立派な八の字のヤツを言ったのかも知れないが、自分のことかも、とも思えてきて疲労しきった体に精気が蘇ってきた。魚の頭を金槌で殴り、胸ビレと尾ビレ前の二ヶ所に切り込みを入れて血を出し活け締めにして、エンジンをつけた。こいつ一匹で充分だ。ジイも驚くだろうと、急に楽しみが襲ってきた。
歌っていいかと船頭に問うこともなく、間もなく船尾から歌声が聞こえてきた。
♪蘇鉄の実ぬ 赤さど 清らさ 愛人が想いぬ 色とど似しゅり。〈注、ソテツの実の赤の清らかさよ 愛しい人を想う自分の心の色と似ている〉
ませた歌だと思ったがエンジンの奏でるポンポンポンに合っていると思えて、心地よく譲の耳に入ってきた。聞いているうちに、後悔がムクリと頭を擡げて来た。それは、どうしてチビをもっと早く連れて来なかったのだろうというものだった。
首折れ鯖を見たジイは合格とばかりに首を大きく縦に振り、そして言った。「鯖を貰っていいか?」
譲が肯くと、驚いた様子も見せずに次にソージを指差して言った「で、こいつは?」。
「船使わせて貰ったし、飛行機もジィのものじゃったが、こいつが釣ったんでーー」
言いにくそうに譲が口にすると「釣り上げたのは譲じゃ」、すかさず千美子が反論した。
二人を見てジイがゆっくりと裁定を下した「二人で釣ったんじゃ、仲良く分けれ」
ジイは家から包丁を持ち出すと二枚におろし、二枚の片身の魚にそれぞれエラから紐を通してくれたのだった。
石敢当の所で千美子と別れ間際、突然、突風みたいに去りがたい感情が沸き起こってきたのに譲は気付かされる。難しい漁を共にした同士、自分の命令どおり健気にタモを使いきった娘に愛しい気持ちが激しく募った。抱きしめたい、強く、と。感情を裸にして譲が娘を見つめると、むき出された感情に気付いたかのようにチビも見つめ返している。譲は荷を下ろし、近寄ろうとした。途端、娘は泣きだしそうな顔になって訴えたのだ
「一度下ろしたら、ワン、重くてもう担ぎきらんチバ」。
気丈な娘が始めて見せた泣きべそ顔に、譲は笑顔を作ると娘の後ろに廻った。チビの荷を持ち上げて担ぎ直しをさせるしかほかなかったのだった。
昭和三十六年、正月。暮れに豚を潰した母が、去年のお返しじゃとジイを招いて一緒の
三献を囲んだ。一の膳は餅の吸い物、二の膳は刺身、三の膳は鶏の吸い物である。呑みながら、チビと仲直りしたかと訊くジイに肯くと、そりゃ良かったと笑った後で加えた。
「じゃが、船はあれきりじゃ」「なんでや? ジィ」
「ヌーは免許を持たん。本当は違法なんよ。船は免許を持っとる人が一緒なら素人が運転していいところが不思議なんじゃが」
再び黄色い歯を見せたジイに、そうだったかと素直に譲は納得している。
母の心からの正月祝い膳に、ジイは「鏡汁(具の無い味噌汁〉の世が遠い昔のようじゃ」と言ってはうまそうに盃を傾けていた。
砂糖黍の刈り入れが一段落する二月末、村に黒糖酒を仕込む焼酎工場からの甘い薫りが漂よってくるこの季節頃から、譲は暇を見つけては勇二を連れ廻した。
堤防の夜釣りでキンメ鯛が揚がる頃だとは知っていた。が、千美子を誘う気にはなれなかった。夜の誘いにはためらうものがあった。
四月。三年に進級する。成績もいいのだし、と内地からきたばかりの教師は譲に高校への進学を奨めた。だが、就職の意志が固い事を知ると一転する。
―本土は景気が良くてどこも人手がたらんちゅう話じゃ。
一九六一年.後に高度経済成長期と呼ばれる時代が始まろうとしていた。
ソテツの雄花が黄色になって流しに入り、イジュの花が山を白く染め油蝉が鳴き始めて梅雨が明けていった。春の飛び魚の流し網漁から鰹の一本釣りまで、誘われては船漁を譲は手伝う。ジイの船にも一緒に乗った。勇二には干した竹を割いて鳥の落とし篭の作り方を教えたし、ランプでの夜のイザリにも連れて行った。
千美子は夏に一度だけ磯に誘った。クロ狙いのつもりだったが千美子が揚げたのはイスズミだった。冬の刺身は評判良いのだが、この時期腸が臭いところからネコマタギと言われている魚だ。塩焼きにすると美味しいのだが千美子は余り嬉しそうな顔は見せなかった。
入道雲がその姿を消す夏の終りに、突然に千美子が家を訪ねてきた。
「アンダーギーじゃ。ワンが作ったチバ」と紙袋を差し出して言った。
喰って思わず声が出た、ウンメー。そして譲は、初めて自分が飼った山羊、ホーローを思い出したのだった。ホーローが売れた日、母がそのお金で買ったメリケン粉で作ってくれたアンダーギー。七年前、小学二年の頃だったか。
感慨に耽っていると乱暴に千美子が手招きした「ついて来い、譲」。
連れていかれた大きなガジュマルの下で並んで、そして少し離れて腰をおろすと千美子が口を開いた
「譲、ヌーは卒業したらどうするんか?」
「ヤマト旅に出る」「高校には行かんのか? 譲」
「早う働いチ、母さんを楽にさせたいんじゃ。ヌーも同じじゃろ?」
それには応えもなく、次の波が息つく暇も与えずに押し寄せてきた。
「カツオ船には乗らんのか? 紬の染め工とか締め機工とか島にも仕事はあるじゃろ?」
こちらの波も答え無しに押し返す「ヌーは紬を織るんじゃろう?」
「紬の時代じゃ。女も機織れて一人前チ言われるんバ」
それに、と迫り来る闇に負けず輝きを失わない白い歯が、艶めかしく忙しく上下した。
「ワンらの島は宝の島やチ、名瀬の島尾さんちゅうヤマトからワザワザやって来ている立派な人が言うてるそうや」
「誰や、その人?」「作家さんじゃそうな。島には本土にない旧い宝がいっぱいあるチ」
「旧い宝ちゃ、何よ?」
「知らん。ジィが譲に教えたり、譲が勇二に教えたりしているもんも旧い昔からのワザと違うんか? 大事チ思うてるんやろ?」
「あらん。ワンは別に大事チ思うて、勇二に教えている訳じゃねぇ。猛兄ぃに習ったことを引き継いでいるだけや。旧いもんが何がいい? 紬とキビの島は本土からとり残されるばかりド」
「名瀬に機織りの研修に行った人がこうも言っとった。本土から来た絵描きさんで、紬工場で働いている人がいるんやて。その人も奄美は素晴らしいチ、言うとるそうや」
「なんが素晴らしいんじゃ?」
「風景じゃチ。休みの日は取り憑かれたようにその人、アダンの浜とかスケッチに出てるんやて」
「フン。そのうちクックレ(赤ショウビン)とか五色海老とかエラブチ(ブダイ)とかも素晴らしいちゅうて描くんじゃろ。アホラシ。その人、有名なんか?」
「知らん。でも一村さんチュウその人が有名になって、島尾さんとかと奄美を宣伝してくれたら奄美は有名になるんと違うか」
「こんな何も無い島が有名になる訳ないやろ。もし、そうなったとしてどうなるん?」
「ブームになったら島にもっと人がやってくるし、ワン達の紬も高く売れるチバ」
ギャー、ギャー。ウーッウ。クワーッ。鳥が鳴いた。
「カラスが騒ぎよる」、後の林を振り向いて千美子が言った。
「あらん。ルリカケスにカラス鳩に夜ガラスじゃ。それに夜ガラスはカラスじゃねえシ」
立ち上がって言った後で譲は付け加えていた「ルリカケスも騒がんバ綺麗なんじゃが」。
「譲、それはワンの事バ言ってるんか?」、きつい眼をして千美子が下から見上げた。
「アホラシ」。再び同じ言葉で言い切ると譲は踵を返した。
ドンカン譲、と言う声が背中に刺して来たが後を振り返らず去っている。
卒業式の日。式が済み、別室で謝恩会となる。白紙を敷いた空の膳の前に教師達が並んで座り、重箱を抱えた母と一緒に、皆と同じように世話になった教師の所を一人ずつ廻る。礼を述べた後、母は重箱から肴一つを膳に移し、譲は焼酎を注ぐ。笑顔の担任が言った
「譲、健康に気をつけろよ。お前は体がいいから心配ないか。言葉にも気をつけろよ。うまく標準語が使えないと気後れして引っ込み思案になるからな」
「ワンは心配いらんチバ」譲が返すと
「ホラ、そのワンとチバが問題なんじゃ。戦争中の沖縄じゃ、標準語を喋らない島民はスパイとみなされて撃ち殺されたんゾ」
大声で笑い、杯を飲み干した担任になんとも言えない違和感を覚えた。言葉で殺されるだと? 誰に? なんで? 訳の解らんことを言う担任じゃ、と早々と譲は席を立ち去っている。
現在でも奄美群島では、島を離れることを島人は『旅に出る』と言う。それがたとえ何年或いは何十年に及ぶとしても。譲が『大和旅』に出る予定の一週間前、豚を潰して貰い、家の大掃除を済ませた。母はもてなし料理の仕込みに追われ、千美子が手伝いにやってきた。床の間の花瓶に大きな柳の木が活けられる。柳のようにしなやかに島に戻って来られるようにとの願いである。
一週間にも及ぶ祝いの、通夜準備が整うと譲の大和旅立ちの話を聞き付けた人達が入れ代わり立ち代わり、毎日毎晩祝いと励ましにやってきた。ジイも毎晩のように三線を持ってきて歌ってくれた。
♪虎ぬ絵ば掛けて 柳花活けて 旅ぬ行き戻り 祝いばかり
神棚には届けられた多くの祝いの品が積まれた。母は幾つもの大鍋に豚と冬瓜の煮物を作り、甲烏賊や豆腐を揚げ、田芋を味噌煮にし、吸い物と蓬餅とを作って客をもてなした。魚は刺身や煮物が日毎届けられて事欠くような事は無かった。
旅立ちの日、前日まで祝いに訪れた人に加え、来られなかった人達も港の見送りに駆けつけてくれた。雨風が強まり、予定の時刻から大きく遅れての出航となった。が、それでも多くの雨傘を差した人々が、船が岸壁を離れるまで帰る事なく譲を見送ってくれたのだった。港で譲は千美子と話す機会を見付けられず、離岸する船の中からも姿を捜したが、闇と人ごみの中に見付けることはできなかった。
2
昭和三十七(一九六二)年四月。
譲はとりあえず鹿児島の北薩にあるオジの家に世話になることに決める。技術を身につける仕事に就きたいと思っていたが、どんな仕事が向いているのか解らず、ゆっくり考えてみようと思った。
猛兄ぃからの葉書は届いていた。東京に来れば仕事は世話する。いくらでもある。『青田刈り』と言われてるくらいじゃ、と言う内容だったが、それが何のことか解らなかった。
コブシの花が咲いて芋の苗床作りを始め、それが済むと苗代の準備だった。島でハンスーと呼んでいた芋を鹿児島ではカライモと呼ぶ、唐から来たのでそう云うのだと聞いた。その芋も農林二号、三号の呼び名があり、米も農林一七号とか呼び分ける熱心さに驚いたが、何も植え付けてない土地があることは不思議だった。
あれは農地交換用の土地よ、とオジが言った。三年程前頃から、土地を交換して自農地をまとめよと行政が勧めている、特に去年農業基本法というのが出来てから交換に熱心だという話だった。島では集落の近くは砂糖黍、周りに芋、そして遠くに屋根葺きに使うカヤ畑と決まっていたのでその違いにも驚いた。
驚いたのがもう一つ。砂糖黍でなくてここでは大根から砂糖を作るということ。大根から砂糖か、と目を丸くした譲にオジが教えてくれた「てんさいチ名の大根よ。これから白砂糖を作る。島でも今は黒砂糖じゃなく製糖工場では白砂糖を作ってるじゃろ」と。
こんな大根を考えたのは本当に天才だと思った。もう一つ驚いたのは田畑の耕作を機械がやっていたことだ。耕耘機といい、その動力機が流行り始めているという話だった。
飲み方は島もここも同じだと思った。黒糖酒とは違うが芋焼酎が出る。島の六調にハンヤ節は似ていると思ったし、次第に歌も聞き分けられるようになっていった。
♪櫻島かよ 私の心 こいしこいしで(註。小石と恋し、の掛けことば〉オハラハー 果てはない
小原節に手拍子を打っている譲に隣の男が語りかけてきた「大和旅か?」
肯くと、「ワンもそうや。今、宮崎にいる」、そう言って自分のコップを差し出した。
一口飲んで譲が焼酎を返すと男が語り始めた「奄美が本土復帰して十年になるか?」
自分は小一だった、それくらいか。
「どうや? 復帰後、島は変わったか? 俺も長いこと島に戻っちょらん」
男はコップ酒をまた一口飲むと譲を見つめた。譲は考える。変わったのか変わらないのか? 食い物はどうか? 紬とキビは昔のままだ、製糖工場が出来て白砂糖を作るようになった、バスが走るようになり電気がきた、飛行機もきた。これらは変わったと言うのか。
思案する譲に男は一方的に語り始めた。
「昭和二十五年の話よ、奄美で復帰協議会が立ち上がったのは。
その一年前じゃ、全国に先駆けて奄美復帰署名運動を始めたのが、我々宮崎在住の奄美連合青年団じゃった。運動の最中に沖永良部と与論は分離されて奄美復帰からとり残されるという噂が出た時は、二島も他の島々と一緒だと強く主張した。
では、沖縄はどうだったか。『沖縄は奄美とは別だ』と復帰嘆願書に書き、見放したのではなかったか」
譲には難しい話のように思えた。自分が小学校低学年の頃の話である。難しい顔をしていると思ったのか、男の話が変わった「泉芳朗先生を知っているか?」
「復帰祈願で断食した人じゃろ。ワンが最初に飼ったヤギにホーローと名を付けた」
アゲ、そうか。男は満面の笑みを浮かべて、「ならこれをやる」と鞄の中からノートに挾んだ一枚の黄色くなった紙を取り出した「芳朗先生の詩よ。『慕情』という題や」
目を通し始めて読めない文字があることに気づき、譲は途中から声を出していた。
『時代の彼方 文明のどん底へ そこへ遠く捨てられた島のむくれ淀んだ赤土の上に
影薄い哀れな農民の足跡を刻んで 俺達の行く道はまだはるかに暮れている
しかし俺達は知っている 虚無の島におぞおぞと描かれた俺達の祖先の静かな忍苦の生活史を 野茨を踏んで台風と激浪と生活に
揉まれて 生きろ! 死ね!
俺達の祖先の残した唯一の遺訓はそれだ 蘇鉄を見ろ!ソテツを それを喰べて俺達は俺達は 勇敢に吼えるのだ息吹くのだ
てくてくと歩め』(註。詩は中略)
読めない文字を男が手助けしてくれて読み終えた時、オジが傍に来ていた。
ソテツを喰うのか、譲、と笑った後オジが勧めてきたのは仕事の話だった。近くの町の菓子屋が、住み込みの見習い職人を募集しているそうだがどうだ? と。その場で譲は行くと返事する。オジの家でもいずれ耕耘機を入れることだろう。なら人手は要らない。
和菓子屋は、中年の夫婦に三十代と四十代の男が一人ずつ、そして時々手伝いに来る夫婦の親戚という若い女とでやっていた。
作っていたのは煎餅、饅頭、羊羹、団子、最中にユベシ餅、そして鹿児島名物というカルカンに春駒に高麗餅、盆や年忌の型菓子それに季節の菓子などだった。
譲の仕事は、近辺の小売店や法事のお寺への配達、薪の調達、工場の清掃に水汲みや湯沸かし、そして道具の清掃管理などから始まった。
先ずは仕事場で使われる鹿児島弁に慣れていかなければならない。計量で言うなら、イッゴ(一合)、ニゴ(二合)、ゴヒトッツ(二合五杓)、ゴンゴ(五合)、ゴミッツ(七合五杓)、イッシュ(一升)。早口で飛びかうそれらの言葉の聞き分けからだった。
親方は仕事中は厳しく寡黙な人だったが、遠方からの仕入の来客に持てなしをする時は従業員も招んで酒食を振舞う気のいいところがあった。
若い女、まい子と言う名で譲より年上らしいふっくらとした娘だったが、その娘がいる時は彼女が客に酌をし、いない時は譲の役目だった。客が倒れるまで飲ませろ、それが主人の接待法で、客が実際酔いつぶれると心底喜ぶところがあった。
初夏のある日、近くの神社で催される夏祭り、六月灯にまい子に誘われて初めて出掛ける。譲は普段着だったが、その宵の殆どの女がそうだったようにまい子は浴衣を着ていた。二つ年上だと初めて明かした女は、親方夫婦や従業員の人柄、仕事のことなど縁日の中を歩きながら話し続け、譲は聞き役だった。お喋り女の白い項に眼が行った時、譲は千美子を思い出している。チビに浴衣は似合うだろうと思った。島の八月踊りで着ていたはずだが見た記憶はない。千美子と自分が並んで歩く姿も想像できなかった。そんなことを考えながら、お喋り女もいいと思っている。言葉を気遣いながら話さなくともいい、沈黙の間を心配する必要もない。女と並んでラムネを口にしながら、これがデートか? とも考えていた。
仕事で憶えなければならないことは山ほどあり、譲は懸命に憶え込もうとした。
粉は小麦粉から上新粉、上南粉、寒梅粉に白玉粉など十種以上ある。その良質の粉の見分け方や、艶があり粒の揃ったいい小豆の選び方。豆にしても色々で小豆に白小豆、白インゲン、エンドウ豆にささげ豆、大豆に黒豆など十種近くもある。
豆の煮方も固いのから途中でビックリ水を加えて柔らかくする煮方など、さまざまだ。煮た豆の漉し方によっても潰し餡にこし餡、砂糖の加え加減によって生餡から甘さの強い上割餡まである。
次に着色料だ。紅花の赤に卵黄やくちなしの黄色、抹茶の緑等。
加え物として使う芋類や寒天に重曹などは混ぜる量とタイミングが大事。
次は葉だ。柿に笹に蓬に山椒と色とりどりの葉は、季節感を出したり防腐用として使う。
それらの基本知識をしっかり習得した上で一つのお菓子が創れるのだ。
電気もガスもない仕事場で、朝五時にはリヤカーを引いて燃料用の大鋸屑を製材所に貰いに行く作業から始まり、夜は銭湯の閉まる十二時前迄だった。銭湯では決まって常連の散髪屋や洗濯物屋の従業員達と、しまい湯に一緒になる日々だった。
眠気に勝てず居眠りしてしまい、練っている途中の羊羹を焦がしてモロ蓋ごと親方に蹴飛ばされた時もある。それでも親方には、譲は、スジがいいと誉められることの方が多く、半年経った頃には大体は憶えたと思った。
まい子と映画を見に行った翌日、仕事場で年長の男にからかわれた。並み餡くらいにはなったか? と。何を考えて茶化したのか解らなかったが二人の仲を訊かれたものだった。別にとだけ答えると親方は知ってるのか? と付け加えた。それには返事をしなかった。
映画しか娯楽のない時代、そして映画館しか楽しみのない町だった。題名は忘れたが植木等のお笑い映画を二人で見た帰り道、宵の風に桜が散っていた。初めてみる桜花だった。
大量の夜桜が舞うのに驚く譲に、まい子が言った「桜吹雪と言うンよ」。
桜吹雪? と訊き返すと、吹雪を知らないのかと呆れ顔を通り越して見下した顔みたいになった女が訊いてきた。譲は島だったか? おう、と答えた。どこじゃ?
答えた島を女は知らなかった。女は立て続けに聴いてきた。
―一体そこは、日本語は通じるのか? お金は何か? 今でも裸足か? 土人とか酋長とかいたのか? 女は頭に豚を乗せて歩くのか? そして女の帯は前結びなのか? 亜熱帯か? 皆が空手をやり強い泡盛とかいうのを飲んでいるのか?
「そりゃ―――」と答えかけ、途端、猛烈な怒りが体中に起こる。それは腸を脳味噌を突き破って爆発した。爆発は女を殴らせる。手加減したつもりだったが女は異常な程大きな悲鳴をあげ、譲は怒りにまかせたまま全力で走りだしていた。
憤怒は果たして女に向けられるべきだったのか、沖縄と答えようとした自分に向けるべきだったのか解らぬまま、戻りつくなり荷物を纏めていた。
3
那覇の港に譲が降り立ったのは一月後の昭和三十八(一九六三)年四月。
その月の五日、元連合国軍総司令部長官マッカーサーの死を報せていたが、自分とは関係ない話として別段何の感慨も生まれなかった。旅券無しに甲板員として鹿児島からの貨物船に乗り込み、奄美の土を踏むことなくそのまま沖縄に渡ったのだった。
飯場に住み込み、那覇港の荷役の仕事に就く。仕事は那覇にいた猛兄ぃの父が世話してくれた。毎日ズボンにランニング一枚で積み降ろしに出かける。二十キロほどの荷を担いでアメリカ船から降ろす仕事だったが、時々思い付きで二つ担ぐことがあった。ノルマが決まっていた訳では無いが体の鍛練だと思ってやった。
ある時、三つの荷を担いでいる奴を見かけ、真似て三つを担いだ。すると三つの奴が四つを担いだ。また真似て四つをやった。間もなくそいつが声をかけてきた。「上等じゃないか、兄ちゃん」。
真也と名乗る男と話をするようになる。体つきは自分と同じくらい大きく、五つ年上だと知る。沖縄本島の北にある村の出身と言ったがどこかは解らなかった。昼飯を一緒に喰うようになり、潜りが得意だと言う男の話を聞いて気が合いそうだと思えた。
二月としないうちに真也は辞めていったが、休みの日には二輪に乗って譲を誘いに来るようになる。海岸道路を二人乗りでとばし、ディゴの木陰で壜ビールをラッパ飲みし、女のいる店でダンスを一緒に踊ったりもした。
復興の目覚ましさから後に〈奇跡の一マイル〉と呼ばれる那覇の国際通り、そこを真也と連れ歩くのも楽しかった。迷彩色やカーキ色のズボンを穿いたGI達がくわえ煙草でビールやコーラの壜を手に闊歩していた。二十年前、米兵だった父と母も手を繋いでここを歩いたのかと思うと胸騒ぐ思いもした。
年末のある日、真也が言った。
「俺ンとこに来ないか? 譲。運送業じゃ。実入りが違う。人手が欲しい。お前にもいずれ車の免許も取らしてやるチ」と。
二、三日考えた後、移る決心をして、譲は猛兄ぃの父親の許へ辞める挨拶に行った。兄ぃの父は肯いた後に加えた。
「譲、覚えとけ。奄美にはこんな諺がある。『悪同士寄るてか 剣ン刃遭う。良い同士と交わってか 畳表踏み』チ言うやつじゃ。悪い人間との交際はいつも危険と隣合わせで、良い友人とは平和に畳の上で暮らせると言う意味じゃ。真也とかいうその人間を良く見極めることじゃ、肝に染めとけ」
真也の世話してくれた部屋に移った後、譲は鞄の中に貝を見付ける。島を出る時にチビがお守りやと呉れたクモ貝だった。クモ貝やスイジ貝を家や人の守りとするのが島の習慣しだった。鞄の中で紙に包まれたままだったそいつを取り出して机の上に置く。
事務所番を始めて三日目の夜。三台の幌付きのオート三輪車が集まってきた。仕事だと言われて総勢八人が三台の車に乗り込み、譲も真也と荷台に乗り込んだ。
「心配すな、譲。オレは三度目やが、なんてことはなかったサ」耳元で真也が囁いた。
「なんの仕事か?」と訊くと「センカーギャー(倉庫荒らし)」短く答えた。
以前自分達が荷を運んでいた米軍倉庫が狙われて掠奪されているという話は聞いていた。が、それを自分がやる事になるのかと押し黙った譲に
「皆がやってる事じゃ。金抱かせてあるから大丈夫やチ」
真也がまた小声で言った。だがヤツの顔も緊張は隠しようもなく、闇の中の口元が震えていた。それでも。造作なく頑丈な南京錠は毀され、素早く三台の車に荷が満載されていった。狭い荷台に貼りつくような格好で、真也が肩を叩いてきた。
「譲はたくさん担いだナ。上等ヨ。三台は俺も始めてやった」
翌晩、命じられて二人は夜の事務所番をする。
風が窓ガラスを震わせていた。柱の振り子時計がボーンボーンと十二時を報せた後、しばらくして振り子の動きが停止した。ゼンマイ巻くわと譲が立ち上がって時計に向かった時、突然銃声が背後で響き、窓ガラスが激しく割れる音がした。振り返った眼に真也が血の溢れ出る肩を押さえて顔を歪ませている姿が飛び込んできた。
「アキサミヨォ(なんてこっだ!)」との呻き声に駆け寄った瞬間、再び窓の外から激しい銃声がしたと同時に、譲は肩と腕、そして腹にも焼け付くものを感じた。前につんのめったその刹那、壁ぎわでドーンと爆発が起こって床が震えた。ダイナマイトだと直感したその時、壁が崩れ落ちてきて体を圧し潰したのだった。
息苦しい。目の玉が飛び出そうなほどだ。
一人で潜った夜の海。入ったサンゴの岩の隙間を見つけ出せずに浮き上がれないでいた。
暗闇の中、バクバクと心臓は破裂しそうで、頭は今にもバックリと割れんばかりに痛かった。どこからか話し声が聞こえてきた。
力道山が刺されたそうな。どこでよ? 銀座のクラブでヤクザとの争いになったらしい。
取り巻きはどうしてたんや、頭突きの大木金太郎とかはいなかったのか?
朝鮮人のキム・イルのことか、良くは知らんが力道山は一人じゃったらしい。
――それがどうした、俺は苦しいんじゃ。
太股と左の腕が焼け付くように痛かった。二匹のダツ魚が、槍のような一尺以上もある嘴、その凶刃で潜っている自分を突き刺してきたのだ。ガツガツと音をたて鋭い嘴で腕を穿ってくるダツ。焼け付くような痛みに悲鳴をあげた。
だが声は出ず、痛みに気を失ったようだった。
胸をコブシで思い切りド突かれた。強さに思わず顔が歪んだ。顔をあげると大男。
大きくなったな、と言わんばかりにド突いたのは父親か?
しかし顔ははっきりしない。もしかすると、ここはーーー天国なのか?
母の声がした。
譲、命こそ宝なんど。こんなんでヌーはワンを置き去りにしていくのか? 眼を覚ませチバ、譲。生き返れぇ。
力道山が死んだチュウて、譲は別じゃ。人は生まれたからには次の命に引き継ぐまでにせにゃならん使命事がある。譲はまだ何もしとらん。死にはせん。
と、言ったのはーージイか。
ギターに乗せた歌が聞こえてきた。
♪赤い蘇鉄の実も熟れる頃 加那も年頃 加那も年頃 大島育ち
千美子の声が歌に重なり、そして大きくなった。
譲、返事せぃ。この歌を知ってるか? 知らんやろ。ヌーはやっぱり阿呆の鈍感者じゃ。ワンが言った通りになったチバ。奄美がいつか有名になるチ言うたじゃろ。この歌が今、全国に大ヒットしとるとヨ。それで来年は、島で映画も撮られるんやチ。それに来年からは昼に電気も点くんやド。ワンの予想が当たりじゃ。
憶えているか、譲、ワンの言うたこと。目を覚まして何か言え! 眼を開けろ! そしてワンの好きな海のような碧の目を見せろ、 譲。譲、起きろチバ!
「何度も言うな、チビ。ヤカマシ! ワジワジ(イライラ)するガ」
自分のヤカマシと言う声が確かに耳に届き、眼が開いた。
多くの視線が自分に向けられていた。母、千美子、猛兄ぃの父、そしてジイまでいる。
みるみるうちに母の両目に涙が溢れて零れ落ちた。チビも同じだった、母と競うように涙を零し、譲と叫ぶなり二人同時に抱きついてきた。べッドで体を支えようとして両腕が動かないのに気付く。腕がないのかと思ったが両腕は体に固定されており、チューブが体にからみついていた。良く見えないと思ったら片目と口を除いて頭も全部包帯で包まれていた。体に感覚はなく、動かしてみようと思ったが動けなかった。
「どこも欠けてはおらん。頭は解らんがノ」とジイが言い、猛の父が続けた
「最近沖縄で『イクサ』チ言うてな、新興ヤクザの縄張り争いがある。そいつにジョーは巻き込まれたのよ。片耳だけですんでヌーはホントに命知らずの儲けものよ」
「あの力道山さえ僅かの傷が元で死んだチゥが、譲は生き返るチ思うとったワ」とジイ。
「ホントにあんな強い人でさえ運命は解らんものよ。じゃが譲は良かった、ナ、譲」と母。
「ワンのやった守り貝でヌーは助かったんよ」
と言うチビに、お守りが効かなかったからこんな目に遭ったんド、と言おうとしてやめた。どうせ言い負かされそうだ、どうだっていいんだが。まして今は言い争う気にはなれない。
「雨風に遭ってガジュマルはしっかり根をはって行くもんさ。――。ジョーもこれをきっかけに、しっかりと根をはることを考えんとノ」
と、ジイの話は聞こえるのだが耳がどうなっているかは解らなかった。猛の父が続けた
「どうする、ジョー。この後も真也とかいうヤツと一緒にやっていくのか?」
「真也は?」「ヌーと同じよ。命もある。大した事ない」
「ジョー、帰ろう! 一緒に島に」と大声で促すように千美子が言い、それにつられたように譲は肯いた。途端、首が軋んで思わず悲鳴が出た、イテッ。
ひとしきり皆が笑った後でチビが訊いた「何する、譲?」
仕事のことだと思った。
「菓子を作る。腕がいいチ親方にも言われたんじゃ」、先程より滑らかに声が出た。
「元手が要るのやろ」と心配気に母が訊ねた。
「心配いらん。金のかからんのから始める」
「それがいい。ボチボチやることじゃ。菓子は喰う人を幸せな気分にさせる。島で『他人の果報こそ我が果報』チ言うがヨ。一番近い仕事じゃないかノゥ」
ジイが一層黄色くなった歯を見せて言った「『働き人ねんド どの神も乗る』(働く人こそ、どの神も応援する)とも言うしな」
と猛の父。「ワンも手伝うし」と千美子が言った時、猛の父が言葉を挿んだ「なら、先ず三合酒じゃな?」。
三合酒とは婚約成立時に花嫁の家に花婿側が持っていく三合の祝い酒のことである。
たちまちに千美子の白い頬が咲き始めた桜ツツジの花びらのように薄紅に染まり、泣き笑い顔になった。そんな千美子を見て母が笑い、皆も笑った。
「良か。『愛さん夫婦や 丘の上ネン 立ちゅり』〈愛し合う夫婦は(貧しくとも)丘の上でもどこでも暮らしていける〉チ言うバヨ」とジイが言った時、フィーホケ、窓の外で鴬が鳴いた。
フイーホケッ、ともう一羽。外を見て感心したようにジイが言った
「春告げ鳥じゃ。鳴きは今一つじゃが綺麗な声で鳴こうとしとるバ、沖縄の夫婦鴬は。奄美鴬も沖縄に負けん夫婦鴬になることよ。春は沖縄で生まれて奄美へチ上って行くんかノゥ」
フィッホケロッキョ。
応えるように下手なりに一層高らかで清らかな鳴き声を立てたのは夫の鴬か妻の方なのか、乾いた涙の貼りつく顔で微笑む千美子を見ながら譲は考えていた。 譲編 終。