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実存ヒプノ2ーーマイフェアレディ

「新作タイトルがピグマリオン2だと?」

「未だ決定じゃない」

「やめとけ、ブンタロー。教え子を好みの妻に育てあげるのは前作で失敗しただろ、成長した女に捨てられるオチ。そもそも、愛とは矛盾だというのが実存主義だ。自由が故に私を選んでくれた相手に、今後は私だけをみてくれと不自由を強いる時点で内的矛盾を孕む」

「解ってるじゃないか、モモジロー」     

 「観念論は発展性が欠けるのよ」       

 「ヌカスな、矛盾こそ発展の原動力と言ってるのが弁証法じゃないか」

「ハハ。主人公をヤドカリや狸じゃなく今回は人間にしようというのは認めたところで、狸の金玉だ。マタ一杯」

と、空のコップで催促するモモがキンギョクと呼び換えているのは照れ隠しだ。

 サシで飲んでいるのは戦後最大の悪法〈戦争法〉が成立した夜。抗議集会から戻って〈憲法追悼宴〉と名付けた。

「戦場でよ、自衛隊が空爆日和だと神経を尖らす日が現実味を帯びてきた訳だ。ところでお前の実存ヒプノ経営の方はどうだ」

「ボチボチさ」

「ならカンパできるな」

「ペシャワール済んだろ。今度はどこだ」

「空爆受けた国境なき医師団よ」。

 

 その親子が、吾がヒーリングハウスにセラピーにやって来たのは九月も中旬。九、十月の中高生事案は無料としているのだが、親からの相談依頼に当人が来訪する事は少ない。が、色白長身の男子中学生は母に連れられてきた。

 ボクちゃんは小さい時から何をやっても長続きしないの。スポーツもスイミング、サッカー、卓球、野球と移り、塾も幾つも変えてきた。同級生が受験勉強に打ち 込む時期になって又、塾を替わりたいと言う。仕事の希望も見えてないし、飽きっぽい性格で将来が心配。過去世に原因があるとしたら知りたい、との母の懸命な愁訴を傍らで黙って聞いている当人に訊いてみた

「過去世催眠をしてみたいの?」

「どっちでも」との応えに、事前には滅多に入れないことわりをいれ た。

「催眠夢で出てくる過去世が事実か、それとも深層意識なのか解らないケースもある。で、やってみるが、催眠に入ろうと意識下で努力する必要はないからね」。

 頷く生徒の素直さに感心しながら、ヒプノセラピーに導入して行った。

 

 ――現在に関係する過去世です。何していますか

「洗い物している。皿にお椀に土鍋とか」

「そこはどこ? 他に見えるものは?」

「庭。井戸がある」

「日本? 時代とか解る?」

「千八百五十――。石原様に仕えている」

「江戸末期だな。石原様って誰?」

「知らんのか 〈石原どんの投げ塩〉って言われるくらい塩加減の名人で、島津様お抱えの料理人じゃ。オイはそこの小間使いよ」

「小間使いって? 料理人じゃないの?」

「うんにゃ。下働きじゃ。水汲み、薪割に木の芽や山芋採りなんかも」

「楽しい?」

「きつかど。料理人になれたら楽しかろうばってん」

「どうして?」

「工夫するところが面白そうじゃ。旦那様も今、豚料理に色々思案中じゃ」

「え、江戸期だろ。豚は殺生禁止じゃないの?」

「違ど。薩摩ン武士は豚を食うとるから強かとよ。郷中の侍さぁ達も豚取りン時は懸命じゃ」

「そうかい。思い出したよ。港区の薩摩藩邸跡地から大量の豚骨が見つかったそうな」

「何、それ? 〈豚一殿〉って知ってるかい」

「殿様? 知らない」

「斉彬様が送ってから豚好きになった一つ橋の殿様。薩摩では豚一殿と呼んじょる」

「一つ橋ってひょっとして慶喜公?」

「そう、その人。豚の催促に帯刀様が困っちょられるゲナ」

「ハハ。そりゃ傑作だ。おっと、笑ってる場合じゃない。要件だ。長続きしないという現世とキミの関係を教えてくれないか」

「キミって言われるガラじゃねぇが。長続きしない、飽きっぽいも考えようじゃないかね。石原様は一つ所に留まってちゃいかんチ、いつも調理の工夫してなさる。目移りちゅうのは、次策の思案チ思えばいいんじゃないか」

「そうかなぁ。では現世の自分に、何か役に立つ方策とか呉れないか」

「先生じゃねえぞ、俺。じゃ一つ。『急(いそ)っ鍋滾(たぎ)らず』」

「意味は?」

「急ぎ鍋の蓋を何度も開けてたら、煮は遅くなるだろ。焦るなと言っとけよ、よう判らんが、オレとかとやらによ」。

 

「帰る二人の足取りが軽そうで安堵したよ」

と言うと、モモジローは笑った

「中坊(チューボー)の将来が厨房入りっていいんじゃねえか、落語みたいだが」

「若いし、まだ判らんさ」。

その後に、ヤツが自己催眠を手伝ってくれ、一年前に他界した妻と出会えたのだ。

 

「元気そうね」

「みよ子か? おう。独り暮らしも慣れた」

「そう言われると複雑だな、寂しくないの?」

「寂しいさ。オマエに替わって俺が先に逝くべきだった」

「二人で決めた事だったでしょ。来世の話、しましょう。いい出会いを考えついたわ」

「何だ?」

「次は女の私が早く生まれるの。そして幼い貴方の子守りになるのよ。私に育てあげられて二人は結婚する。でも早逝するの、私。で、貴方は次に生まれ変わってくる私と再婚する。どう? 一つの生で二度私と結婚できるのよ、いいでしょ」

「ほう、二度ねぇ」。

 モモは笑った

「來世のお前が二人を否、特に再婚した若い方を大切にする事は疑いないな。フェミニストになるように子守りさん、いや、奥さんに育てられる訳だろ。それって、お前にすれば逆のカウンターピグマリオンじゃないのか」。

 ヤツの後方で、庭の木から熟柿が落ちた。植物が次の世に託す秋の深まりを感じながら、これも輪廻(リンカ)転生(ネーション)か、と考えこんでいるオレだ。                      

  終り

 

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