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セゴどんとは俺じゃ −実存ヒプノ9

 目を閉じたまま女は微かに唇を開いた。キスを受け入れる意志だ。男性恐怖症だと訴えた女には初キスだろう。催眠(ヒプノ)療法(セラピー)とはいえ美人女のキスとは美味過ぎる行動療法だがこんな役得もいい、と、舌舐めしつつ唇を近づけていった。

 溢 れ始めていた快楽(ドーパ)物質(ミン)を断ち切ったのは枕元の携帯だ。

「ブン。署名受け取りに今から行くぞ」

「署名だと」「預けてたろ」

「何」「九条俳 句よ」

「は? 」「女とのイイ夢でもみてたんか。起きろ、金子兜太のよ」

「あ、埼玉か」「そうだ」

「すまん、まだだ」

「戦争は表現の自由の抑圧から始まる が口癖のお前だろ、ペンクラブのハシッコで戦う橋、の売りが泣くわ、ボケには早いぞ」。

 

 学 生運動時からの友人モモの容赦ない批判に近所を廻る。裁判支援の要旨、『梅雨空に九条守れの 女性デモ』の句が公民館広報から抹消された不条理性を明らか にするものだと訴えて署名を貰う。五名を埋めてヤツを呼んだ。

「感謝(ダンケ)。朝の夢は誰だったんだ、手嗜好(フェチ)女か」「当り」

「進展してんの か」「電話のやりとりはしてるが、まだ会っちゃいない」

「お互いやるべき事は多いが残った時間は少い。遅々たる歩みでは乳は手に入らんぞ」「へ? 」

 

 男 性恐怖症から手フェチになったという女から依頼が来たのは半年前。催眠(ヒプノ)療法(セラピー)の依頼者とは施術前にメールの交換で信頼(ラポール)を 築く手法だが女には電話だ

「最近、英国エセックス大から指の長さの新学説が発表されたのをご存じか」

「どんなの」

「テストステロンというホルモン量によっ て指の長さと性的嗜好が決まるというもの」

「難しそうね」

「会った時に説明します。が、結論、手フェチというのは異性を真剣に観ているという事だ。気に病 むなかれ」。

 好みの笑い声に被せる「生殖行動の説明を次にしますが聞きたい? 」「ええ」

「男性は何故美女に惹かれるか。女性の均整のとれた顔は多量の女 性(エストロ)ホルモン、エストロゲンを必要とする。それはウイルスに強く受胎力も高い。且つ色白は強い免疫力の証(あかし)。故にだ。女性も同様、排卵 期には無意識の遠出によりレベルの高い異性を求めるそうな。尤(もっと)も私はLGBTだけでなく、産まない性を否定するものではありません」「お上手 ね」「え」。

 (ブン、自らするH電話で相談料搾取は無いだろな)。脳天に釘を刺したのはモモだ。

 再婚を急かす一方で奴はブレーキを踏んできた。

 

【北 緯三十一度】での宿泊催眠に女が来た日。男性恐怖症の原因となった過去生に誘導すると、途端に女は恐怖の表情を見せた。

咳込み、怖いを繰り返す女を宥(な だ)める「大丈夫。もう安全です。何がありました」

「爆弾、空襲でした。防空壕の中は酷い熱風で、息苦しく」

「場所、年代は」

「昭和二十年三月十日、浅草 です」

「東京大空襲だ。災難でしたね。その生を終えて中間世です。今生の課題は何ですか」

「愛して平和を広げる事です」

 

 モ モに概略を語る「男性恐怖症は酷い戦争体験に起因してた」

「戦を起こすのは男だからという訳かい。で、口説いたのか、戦争に強い農業やってますと」

「ノー (うんにゃ)。平和を一緒に創りませんかと伝えた」

「女(スケ)コマシめ、で、女の近未来催眠はどう出た」

「しなかった。二人が一緒で無かったら絶望だ ろ。代わりにもう一つやった」「何だ」

「三月十日をもっと退行させた、二十年前。こうだ」

「大 正十四年の三月十日です。一昨日の新聞があります。見つかりましたね」

「東京朝日です」「見出しを読んで下さい」

「反対の叫び空しく 今日うまる」

「治安 維持法成立ですね。二か月後です、同法施行前の新聞を読んで」

「法は伝家の宝刀にすぎぬ。社会運動が抑圧せられる事は無い」

「では聞いて下さい。同法によ り十万を超す国民が検挙され、戦争を批判できない翼賛体制が作られて行くのです。欺瞞と詐術の法でした。ですから、貴方の今生課題、平和の創生には権力を 見張れる眼力と姿勢を保つ事が肝要かと考えます」

 

「お 前にしては良い出来だ」

と、珍しく誉めたモモに返す「改憲の緊急事態条項挿入と自衛隊明記も共謀罪同様厳しく見張っていかんとな」

「だな。にしてもウマい 事やってるわ、お前」「ん」

「男性恐怖症の治療と称しながら、自身は美女恐怖症を治して貰ってるじゃないか。飲もうか、安田純平氏の生還祝いだ」

「おう。 昨日は新聞社に電話した」「何チな」

「安田(ジャーナリスト)氏への自己責任批判(バッシング)をマスコミは決して許すな。彼を守る事が民主主義を守る事 だと」「よくやった」

「マスコミへの週一の電話(テレ)と月一の世論投稿を己に義務化してる」

「良ろし。前戦の記者(ジャーナリスト)を銃後で支援してる つもりかな」

「ノー(うんにゃ)。銃後でなくセゴよ。(民主主義のセゴどん)チ呼んでくれ」

「セゴどん? 」

「西郷(セゴ)どんバリに桜島を背景に総裁選 演出を企んだアベが背後をせご、と誤読した。何とも恰好(ブ)悪い(ニセの)(偽(にせ)セゴどん)よ。比べて、民主主義を背後で守る俺(オイ)こそが本 物のセゴどんじ

ゃ」。

鯨になって飲む二人だ。 終り

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