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​濡れ衣を背負う人と〈冤罪〉ーー実存ヒプノ3

ようこそ。私がヒプノセラピストです。

よくおいで下さいました、県外からこんな辺地に。でもお車で二時間かけてわざわざお訪ね下さるその時点で、あなたは課題解決の一歩を既に自ら踏み出されたのですよ。私の〈北緯31度〉はネットのHPで見つけられたと思うのですが、幾つかある催眠(ヒプノ)療法(ヒーリング)の中からどうして男性の私を選んで戴けたのでしょうか、お若い女性のアナタが。

  え、他と違って元高校教師とかセラピスト紹介が詳しく載っていて信頼できると思ったからって? そして〈てつとの部屋〉の、私が平和や原発や人権に対する熱い思いに共感したからって? 有難うございます。お代は環境や平和活動支援にカンパ代として感謝をこめて頂戴致しますね。

   ここで信頼(ラポート)を築く為に本来ハグするところですが、お若い女性ですから握手して貰えますか。有難うございます。スキンシップです、決して私がヤラシい気持ちから若い女性の手を握ろうと思ったと考えないでくださいね。オ、笑いが出ましたね。いいですね。リラックスしてくださいね。

 

   それでは、今日の実存ヒプノコースに入りましょうか。三時間半を予定しています。私の実存ヒプノは宿泊を基本としているのは御存じですね。僻地にあるのも理由ですか、前泊で寝食を共にすることで必要なラポートを築く為なのです。あなたの場合、当日コースですのでこの日程を準備しました。 今日のあなたの課題は「父親と話ができない」でしたね。では幾つか質問します。答えたくない場合はそうおっしゃって下さい、嘘はつかないでくださいね。

 では家族構成を教えて下さい。父、母、姉、祖父、貴方の五人ですか。父親は五十代後半、お仕事は自営業。父親の性格は? 外面が良くて家族には厳しい、ほう、そうですか。それがイヤだと。で、中学生の頃から話しをしてないと。なるほど、自分では反抗期が続いている気がしている、と。いいんですよ、反抗は精神の独立、精神の成長ですからね、これは私の一般的考えです。ま、お気に留めなくて結構。

 ではあなたの深層心理を教えて貰うために、簡易のユング連想心理テストをやりますね。

 

 終わりましたね。解答用紙を見せて下さい。

まじめな努力家ですね。子供っぽいピュアな面がいっぱいあるのだけど気配りの為にそれを包んでいるのですね。エライなぁ、その年で。

 それで初対面の私のところにやってくる勇気はあるのですが、親しくなると自分のピュアな感情を押し殺す、いわば優等生になって少し息詰まりを感じているようですね。当たってるって。まだあるのですがそれくらいにしておいて次に進めましょう。ヒプノ体験は初めてという事でしたね。一つも心配いりませんからね、私のヒプノ歴四十年、被験者二千人の経験にお任せ下さいね。それではここでヒプノに入る前に「自律訓練法」を少しだけ体感して戴きましょう。

 六段階の訓練です。今日は方法を体感して貰いまして、後はおうちで続けて戴ければ心身爽快になること疑いなしです。椅子を倒して楽な状態でやって下さいね、ガウンをご使用になられたら温かいかと、どうぞ。

 

 自律訓練どうでしたか、それではここで休憩しますね。今から実存ヒプノに入りますが六十分を予定しています。

 あなたの場合、お父さんとの関係を課題としていますので退行の中で幼少期に、これをインナーチャイルドと読んでいる人もいますが、幼少期の内観もいれてみますね。

 目を閉じて先程と同じくリラックスして下さい。はい、お父さんと最も関係深い過去世が浮かんできます。どうです? 浮かんできましたか? 浮かんでこないって。そうでしょう当たり前です。体に緊張、心に雑念がありますからね。体と心を空っぽにしましょうか。禅でいうなら無我の状態、それが催眠状態なのです。私が手伝いますね。体の力が抜けます、ハイ抜けましたね。次は心が空っぽになります。私の言葉だけが聞こえて理解できるためです。ハイ心も空っぽになりましたね。

 

 今あなたはとてもリラックスしています。私のいう言葉は良く理解できるのです。貴方は今から映画を見ようとしています、貴方が主人公の映画です。目を閉じていますがはっきり見えますよ。時が戻っていきます、二十一歳から遡って高校生です。ハイ戻って中学生です。ハツラツとした貴方ですね。ハイまだ戻ります。幼い貴方です。三つのシーンが浮かんできますよ。

――お父さんに何かして貰っているシーンです。何しています?

「遊んで貰っています」

――どんな気持ち?

「嬉しい、です」

――貴方がお父さんに何かしてあげています。何をしてあげています?

「ウーン」

――いいですよ。次です。貴方がお父さんに迷惑をかけているシーンです。どんなこと?

「立ててあった長い机を倒してしまい、お父さんにけがをさせてしまいました」

――お父さんはなんて言いました

「大丈夫だ。心配いらないって」

――大人と言うものは、例え子供でなくても心配かけまいと対応するのですよ。立派です、あ、ごめんなさい私の評価は無くなりました。 

それでは、現世に生まれる前です。貴方はどうして、今のお母さんを選んで生まれてこようと思ったのですか

「優しそうだと思ったからです」

――そうですか。それではあなたの魂は光に包まれて過去世に戻っていきます。そこは現在のおとうさんとの課題に一番関係ある過去世です。到着しました。貴方を包んでいた光が消え、周りの景色が見えてきます。どんな処?

「石畳です。おうちも石でできた家です」

――日本じゃないですね、国はどこかな?

「スペインです」

――何時ごろですか、浮かんだ数字を教えて下さい

「千、七百、八十――」

――千七百八十年代ですね。自分が解りますね、男?女?

「男です」

――歳は幾つ?

「十四歳です」

――何をしてるのかな

「牧童です。牛の乳を搾ったり、配達したりしています」

――あなたは今家にいます。現世で知った人がいますか

「解りません。いないみたい」

――現世でのあなたのお父さんらしき人とであいますよ。その人が出てきました、誰? どんな関係の人ですか

「年輩のおじさんです。でも親戚という訳ではありません」

――仕事が一緒とか

「ええ、同じ牧場で働いています」

――どんな人?

「自分に厳しい分、人にも厳しいというか」

――どんな感じを持っていますか、苦手?

「ええ、どっちかというと」

――では、現在に繋がるクライマックスシーンです。何が起きました?

「おじさんが逮捕されていきました」

――え、どうして?

「詳しくは解りませんが多分無実です」

――それで、どう思ったの?

「なぜ自分の事をもっと喋らないのだろうと」

――弁明をすれば、ということですか、それであなたの気持ちは。

「そうです。悔しいです」

――その後、どうなりました?

「死んだ、と聞きました、おじさんは」

――そう。どんな気持ちになりました?

「悔しいーー哀しい」

――それでは、その生を終わって中間生にいます。現世への課題を教えて下さい

「もっと話せ、ということです」

――それが貴方の課題と言う事ですね

「ええ」

――では、時が現在に戻ってきます。はい戻った、そして三年後の未来に貴方は行きますよ

課題を引き受けた場合と、そうでなかった場合です。先ず課題を引き受けた場合です。どんな生活ですか

「結婚しています、私」

――ホウ。家庭を持っておられる、そうですか。お父さんとの関係は?

「楽しく普通の会話をしています」

――では、課題を担わなかった場合です

「話をしていません、家庭は暗いです」

――そうですか。では現在に戻ります。体力記憶とも眠る前以上に充実してリフレッシュして目覚めますよ。では目を開けて下さい

――どんな感想持ちました?

「私の想像かなぁ」

――最初に目を閉じて前世を想像した時は浮かんできませんでしたよね

「ああ、そうでしたね」

――では、課題を引き受けて担った場合とそうでなかった場合の二つが出て来たと思いますが憶えてますね

「ええ」

 

 現実に戻りますよ。

 さて、課題を引き受けるか、引き受けないか、選ぶのはあなた自身です。未来は決まっていない、あなたの未来を選んで創るのはあなた自身です。これが、私が本邦初で開発した実存ヒプノといいます。いかがでしたか

「楽しかったです、え、もう一時間たったのですか、ビックリ」

 

 コーヒーいかが。まとめのお話を少ししましょうね。

 貴方が過去世で十四歳という少年だったと言うのがポイントです。

 若輩故におじさんの為に無実を晴らす事は出来なかった。

 現世で、もしあなたがお父さんの父親として転生してきていたらどうだったでしょう。父親との対話は勿論、忠告など容易いことだったでしょう。「もっと話せ」という課題はそこからは導かれませんね。

 難しい状況だから課題なのです。だからあなたは、より難しい、娘と言う状況を選んで転生してきたのですよ。難しい課題を克服してこそ成長と言えるのです。父親と対話ができるようになったら他とのコミュニケーションなんて容易い筈です。だからこその課題と言えるのです。

 最後に、もし、あなたのご依頼が「父と話ができるようになりたい」とかいうものでしたら簡単だったのですよ。

 「苦手なものをたべられるようになりたい」「あがり症を直したい」などの対応と同様に、〈後催眠暗示〉という方法で、覚醒後に暗示を留めておけばいいだけの事ですからね。

 寡黙な人もいますよね。

「自分の信ずる道を歩け。後は人の語るにまかせよ」と、私の敬愛するマルクスが言っています。私の好きな言葉の一つです。余計でしたかね。

 それでは気をつけてお帰りください。 

 彼女からメールが届いたのは翌日だ。

「セラピストさんの柔らかい人柄で、少しも不安や緊張を感じることなく楽しい時間を過ごせました。

 まるで私のことを前から知ってたみたいでーービックリしましたよ。

 父との対話、頑張ります。笑顔の未来にするためにも」。

​ 文末には笑顔マークが貼り付けられていた。 終り                               

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