ヒプノ 鹿児島
仕掛け花火は三十年後に
実存ヒプノ十七
「吊り下げ芋か、ブン」と不意にやってきたモモだ。
「ああ、食うか」。ヤツが頷くのをみて、吊り下げネットから出した芋をレンジ過熱して差し出した。
「相変わらずウンめえな」「だろ。そこらの和菓子に負けない自信がある。先の国体で来鹿した雅子さんも讃えたように知名度も上がってきたが、俺の紅はるか歴はなんせ十年の実績があるからな」「吊り下げた芋を寒風に晒すだけだろ」「何ぬかす。濡らさない事は勿論、温度管理も大変なんだぞ。夜中の霜降り対策でビニール被せたり室内避難させたり」「そうか。全部で五十袋くらいか」「これは残りだ、百は作った」「商売か」「謹呈用だ。小ぶりなのは基腐れ病を用心して早めに収穫したからだ」「贈答なら儲かりませんな。ヒプノの景気の方はどうだ」「ヒプノかい」「当てて見せよう。サッパリだろ」「ああ。コロナもあって集客アピールしなかったからな」「十一教会の影響もあるんじゃないか」「おお、大迷惑だ」「聞いてやる、言ってみろ、短くな」「なら待て、モモ。コーヒー淹れてくるわ」
ガレージ横のブロックに腰をかけ コーヒー片手に語り始めた
「除霊のフリして高額の献金を貢がせる霊感商法なんてインチキだね。先祖霊の解怨料とかで七世代八家系だったら計一二五六万なりとふっかけている。最近では四百三十代前の先祖迄も解怨が必要と託宣してるらしいが、縄文期の先祖だぞ、とんでもない話だ」「お前の輪廻転生論との違いは何だ」「因果応報論に俺は立たない。困難な障壁が生じたとしても今生で乗り越えるべき課題、試練として、転生前に自らが設定したものと考える。神は乗り越えられる試練しか与えない、の神とは永遠に転生していく自分だとしている」「なら、無念残念とかの語はお前には無しだな。結婚できないのも自分で作った試練と言う訳だ」。
モモが酒のサカナに楽しんで持ち出す俺の再婚話なのだが、素面なのにシタリ顔で語るヤツに反撃する気になった。「何とおっしゃるウサギさん、順調そのものだぜ。お前はこれから墓場へ一直線だろうが、コチトラはもう一つの楽しい墓場へ邁進中だわね」「もう一つの墓場か、ボードレールだな。結婚間近なのか、ホントかよ」「そうさ。後催眠暗示って解かるか。覚醒した後に暗示効果をもたらす手法」「聞いた事あるわ、目覚めた後に、苦手なものを克服できるとか、だろ」「おうよ。で、三十年前に後催眠で仕掛け花火の細工をしたのさ。施術した後催眠によって三十年後にモテ期が来るようにと、な」「モテ期だと。枯れ木に花を咲かそうというのか」「そうだ。聴け」
放課後の特別教室に来た三人はおずおずと椅子に座った。催眠という初めての体験に興味を示しながらも緊張の様子だった。かねてはフランクに話せる生徒達だったが、流石に一人での体験とはいかず三人で来たのらしい
中に〈お気に入り〉の娘がいた。小柄にして敏捷な美少女で、野性的な眼差しの生徒だった。お気に入りとは言え、本人に好意を示した事は当然ながら無かった。
だが。前生催眠の終わりに秘かに別の施術を加えたのだ。
「三分後に覚醒します。その間、音のしない静かな時となります。ですが、肩に私の手を感じた人だけに声が届きますよ。ハイ、静かな時間が始まります」。
言った後、お気に入り娘の背後に立って、肩に手を置いて言った「三十年後に、アナタは私にとても連絡を取りたくなります。恋しくて会いたい気持ちを抑えられなくなって、必ず連絡をとります。三十年後ですよ」。
「そして最後に、催眠にはかかっていないと思って目覚めます、と錯誤暗示で終えたのさ」と得意げに語ると、尋ねてきた「で、後催眠というその仕掛け花火は上手くいったのかね」「おう。卒業後、音信無しだったのが今はネットで繋がっている」「不倫だと思わないのか。相手には家庭があっただろ」「ノン。独り身だった。そしてフリーだったぜ」「歳は」「妬むなよ、なんとアラフィフだぜ」「二十以上の離れだな。センコー花火を仕掛け花火に転じて満足みたいだが、大丈夫かブン」「おうさ。細工は流々仕上げをご覧(ろう)じろ」「ノン。心配なのはお前の体力だぜ。アラフィフと言ったら女盛りじゃないか、一体満足させられるのか」「それは判らん。花火の着火までは行ってないし」「最も肝心なとこじやないか。よし、グッドアイデアを思いついたぞ」「何だ」「お前が作っている黒ニンニクを増産し、嫁には一片たりと食わせず自分だけが喰いまくる、鼻血が出ようと構わずにな。目指すは究極の精力絶倫だ。花火を遠い夏の観念論で終らせぬにはそれしかない。強い下部構造こそが愛などの意識つまり上部構造を決定する。これぞ唯物弁証法の哲理なり、解ったな」
荷を降ろし終えて得意満面のトラック野郎、一番星モモジローみたいに鼻の穴を膨らませたヤツの顔があった。完